「なーるほど」と老人の話を聞いた望月は三日の顎髭を撫で上げた。しばらく考えていたが、
「なにやらギリシャ神話のイカロスを思い出しませんか」
「はっ?」老人はしばらく考えていたが「ああ高く飛びすぎて太陽の嫉妬を買い翼の蠟が焼き切れて墜死したという、、とすると、親父は高く飛びすぎた息子に嫉妬したという、、なるほどそれで説明がつくかもしれません」
「熊やライオンなどの猛獣は息子が自分に対抗できるようになると、息子を殺して食ってしまうという。競争相手とみるのでしょう。人間ではそういう遺伝子は淘汰されているが」
「いやいや説得力がありますよ。親父の職業は極めて知的でしたが、そういう原始的な部分は残っていたという説明は説得力がありますね」と富士川は納得したようにつぶやいた。
「そうすると兄のケースも説明がつく」
望月は不審げに富士川を見た。
「いや、さっきお話しした母違いの長兄も似たようなことがあったらしい。もっとも思春期の終わりで高校生の時だったらしい。兄は「家出をする」と宣言して家を出て行った。なんでも下町の怪しげな商売女のところに転がり込んだらしい。私の場合と通底する「おもむき」がありますね」
私の場合は13歳でしたから家出をして自立する道はありませんでしたから奴隷状態がずっと続いたわけです」
「非常に特異な性格でしたね、お父さんは。普通は息子の出来がいいと自慢するものですがね。反対に押さえつけようとする。一家に自分を凌駕する人間は要らないというわけですね。恐ろしい競争相手としかとらえない。これが下町の下ずみの家庭だったら「出藍のほまれ」と持ち上げてバックアップするんでしょうが」
そうねえ、と呟いて無精ひげの目立つ顎をさすって、納得したように呟いた富士川であった。