穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

ヌエ(鵺)のようなヘーゲル

2017-06-09 07:40:57 | ヘーゲル

ベルリン時代のヘーゲルを見ていると、第二次世界大戦前、日本の満鉄調査部で業績をあげた共産党員からの転向者を思い出す(スケールは小さいが)。ナポレオン失脚後のプロイセンでの最初の改革はある程度自由主義的であって、これはヘーゲルの提案が取り入れられたという。しかし、その後極右的国粋主義的な学生運動が勢力を伸ばすと政府を悩ませた。ロシア人刺殺というテロも学生運動家によって行われた。また学生運動の旗印の一つはユダヤ人排斥であった。

 この学生運動対策として目をつけられたのがこれまたヘーゲルであった。その目的で彼はベルリン大学に招聘された。当時からヘーゲルは学生を手なずける才能が認められていたらしい(著書を通してではなく、講義を通して)。

 しかし当局はヘーゲルには啓蒙思想に染まった一面は残っていると疑っていた。彼がベルリン大学総長になったあとも死に至るまでプロイセン政府秘密警察の監視下にあった。かれはコレラで死んだのだが、これが本当の死因だったか疑問視する向きもある。発病の翌日に死亡している。普通のコレラ患者と異なり病状の進行が早すぎるというのである。

 ベルリン大学の学生たちはヘーゲルの葬送の行列に加わり行進することを計画していたが当局は学生たちの参加を禁止した。学生たちの参加がデモに発展し天安門事件のようになることを恐れたというのである。

 かれは普通プロイセン政府の御用学者と言われるが、正反対の側面もあったのである。カール・マルクスはヘーゲルの鬼子であった。

 

 


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