穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

一つの依頼と四つの殺人事件

2013-01-09 20:47:33 | 書評
チャンドラーの高い窓を読み終わりました。少しだれたところはあったが持ち直した。しかし終わりはよくなかった。

一つの依頼と四つの殺人事件の話だが、(おわり)となって一件も(五件のうち)解決していないという珍妙な終わり方なのである。

依頼の筋は希少価値のある金貨の紛失事件なのだが、これは途中で金貨が戻って落着してきたことになっている。しかし、最後まで読むと戻ってきたのは偽物であることが警察のその後の調査で分かったとある。そしてマーロウは依頼主にそのことを報告していない(おそらく、というのは何も書いていないから)。

そして依頼主の希望で調査は極秘に行われたので偽金作りの犯人がコピーを作ったのはその依頼主が所有する金貨だったということを警察は知らないから、依頼主は警察からも連絡が無い。(帰ってきた金貨はオリジナルから模造された金貨ということ)

もっとも、これは業界では有名な金貨らしいから調べれば警察には簡単に分かる筈なんだが、そんな批判をしてはいけない。チャンドラーがすっとぼけているのだから、読者がいちゃもんをつけて、ことを荒立てることは無い。

金貨盗難事件を調査するうちに四件の殺人事件に出くわす。最初の二件は金貨模造に関わるものでマーロウの推理は最後のところで披露されるが警察には報告されない。なぜならそれは依頼主の要求に入っていないからである。

三件目の殺人は依頼主の息子が母親を脅迫していた男を殺害した事件で、マーロウに追求されて息子は白状するがマーロウは警察に報告しない。

四件目の殺人は8年前に依頼主が夫を高い窓から突き落として殺害した事件である。脅迫者は偶然そのときに撮影した写真をネタに8年間にわたって彼女を脅迫し続ける。息子はその事実をしらないが、別の関係で、偽金模造事件の共犯者として脅迫者と知り合っている。そして話のもつれから脅迫者を殺した。しかしマーロウは警察に報告しない。

最後の謎解きの部分は記述流麗ならず。つまりチャンドラー節は鳴りを潜めている。一部には誤訳(あるいは本文の誤植)ではないか、と思われるところがある。

総評:全体として玄人好みの渋い佳作である。終わりの数章は読まなくていい。大体私のハードボイルドの定義は最後の数十ページが落丁していても読む価値があるのがハードボイルド小説である、というのである。

あと、プレイバックも買ってきてこれから読む。遠い記憶ではこれもでだしは軽快というより軽快すぎるが結末にかけてもたついた印象だが、いずれ再読した上で書きたい。

チャンドラーで結末までストトンと胃の腑に落ちるのは結局三作品だ、すなわち大いなる眠り、さようならかわいい人、それにロンググッドバイだ。それぞれ良さの種類はまったく異なるが。

本作はマーロウの職業倫理がきわだってキャラをたてているところであろう。

筋がややこしいから、最後のところで、この書評で謎解きの謎解きをしなくてもすむように、工夫をすればすばらしい作品になったであろうに、残念である。