穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

マルタの鷹講義、黄色は逡巡をあわらす

2015-05-17 10:21:53 | ハードボイルド

yellowなる語がもっとも頻出するのは終章である第20章である。警察に電話してスペードがブリジッドを警察に突き出す前に二人で会話するドラマチックな場面がある。

 

211: Spade’s face was yellow-white now.

211:His yellow-white face was damp so and so,

212:..and yellowish fixedly smiling face.

213:His wet yellow face was set hard so and so,

出典 Vintage Crime

 

スペードはアーチャー殺人の当初からブリジッドの関係を疑っていた。最初は無意識領域で、あるいは下意識で、そうしてやがてそれは半意識領域*にあがってくる。最後には意識内で断定する訳だ。

*お断り:心理学用語で半意識なる語があるかどうかしらない。しかし意味はわかるでしょ(うるさい読者がいるから一々断らないと)。 

性的関係を持った魅力的な女、愛したとは言えないが、強烈に性的に引きつけられた女(いわゆる惚れたおんな)を無情に警察に突き出すという決断に伴う苦悩であり、最終段階にあってもスペードの内面で矛盾した感情に逡巡するこころを表現したとも言える。 

では前回述べた第9章の黄色く燃えた目はどうなのか。これも逡巡、気迷いを表すとして意味が通る。黄色は逡巡を表すと同時に黄色信号(交通信号、アメリカでも注意信号は黄色である)である。胡散臭いひょっとしたら殺人犯かも知れない女と関係して自分に隙ができるのではないか、という職業的探偵の警戒心である。

いやいや、この女をたらし込めばひょっとしたら興奮したときに本当のことを口走るかも知れないという計算が一方に有ったかも知れない。翌朝にスペードのしつこい質問がそれを表している。

そういう諸々のスペードの心の動き、打算を「黄色」信号として表現したのである。現にスペードは相手が関係後の疲労で快い深い眠りに落ちている間に、彼女の鍵をハンドバッグから盗んで彼女のホテルの部屋の捜索を手早くすましている。

信号は黄色だ、渡れるかな、途中で赤にかわるかな、とあなたも逡巡することがあるでしょう。

最終章ではスペードは最後まで彼女を警察に突き出すかどうか、決めかねている。そのように最終章は読まなければならない。無理矢理に自分の気持ちをそう持って行くために彼女に非情にあたるのである。じっさい、彼女がガットマンやカイロと一緒に去ってしまったらスペードは彼女を止めなかったであろう。彼女は部屋に残ることによってかれを決断せざるをえない立場に追い込んだのである。

 

 



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