そこでだ。大学の先輩で組合の専従をしていた男に俺は就業時間中会社の近くの喫茶店に呼び出された。ようするに彼らの仲間に加われというのだ。その派閥は第二組合という機関を持っていた。
従来からある組合はスト等を時々打ったり、ベトナム戦争反対の街頭デモをしたり、社会党みたいなスローガンを掲げていた。今喫茶店で俺の前にいる男はそういう組合に対抗して第二組合を作ったメンバーの一人である。そしてその御用組合というお土産を引っさげて経営陣に近寄ったのである。
「第一組合を脱退したそうじゃないか」と彼は切り出した。もともと会社には一つの組合しかなかった。だから新入社員は自動的に第一組合(そう言う名前も目の前の先輩が第二組合を作って以降そう言われる様になったのだが)に加入することになっていた。彼らが第一組合のなかに放ってあるスパイがすばやくこの情報を伝達したらしい。とにかくあらゆる所にスパイ網が張られていた。
近年のあまりにも薄汚い争いに嫌気がさして前日に俺は第一組合を脱退したのだ。それをこの男は早くも聞きつけて誘いをかけてきた。この男は第一組合を脱退することは第二組合に自動的に加入することだと思っている。
「どの組合にも入らないと不利なことが多いよ」と脅かすのである。
俺はこの先輩が前から気に入らなかったから「僕には思想なんか関係ないんですよ。こういう闘争は性に合わないだけなんですよ」と言って運ばれて来たコーヒーを一口飲んだ。
「あんまりご清潔なことばかり言っていたら会社員は務まらないぜ」
図体がでかくていかにも田舎壮士風の彼はゼイゼイ鼻を鳴らしながら言った。なんでも前に蓄膿症の手術をしたが痛さに堪え兼ねて手術を途中で止めた経歴があるそうでいつでも話す時に聞き苦しい音を立てるのである。
「法律的に、というと大げさですが、例えば就業規則で社員はどこかの組合に必ず属さなければならないということになっているんですか」と俺は先輩に聞いた。
この俺の発言で彼は諦めたらしい。と同時に俺の名前の上にはハッキリと横棒が引かれたようであった。そういうリストは人事部に直ちに回されるのだ。