穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

反時代的考察 6

2015-09-15 09:55:57 | スマホ

 某社には遠隔操作サービスというのがある。おまけに有料である。有料で特別にスマホに特化しているならいつでも電話が繋がるだろうと思って入った。ところがこれがつながらない。有料サービスであるにもかかわらず、しかもガラケーと違って新しい機種であるからマンパワーも十分に投入した体制をとったものと理解したがとんでもない。 

もっとも、これは会社としては十分に人員を投入したつもりが、問い合わせの数が予想を遥かに上回ったという事も考えられる。つまりユーザー・ノンフレンドリーの極にあるのがアンドロイド端末ということになる。おそらく、この解釈が正しい。金まで取って対応を取るのだから、十全の、これだけの人員を配置すれば絶対大丈夫と会社は判断したのだろう。もし、そうでないとしたらとんでもない話だからね。

インターネットを見ると青少年だろうが、スマホを操れないのは馬鹿だみたいな書き込みがある。どんな未成年なのかな。 

それと、このサービスの電話の最初の応対で例によって番号を選択させるところがあるが、そこで「iPhone、iPadの場合は」何番を押せとか誘導する所がある。そうすると、iPhoneのアフターケアもやっている訳だ。これはこのシリーズの最初の回で紹介した販売員の説明「iPhoneは端末を売るだけでアフターサービスはマックに行かなければならない、それに比べてアンドロイドなら大丈夫」というセールストークは真っ赤な嘘だったということになる。

それと、この番号案内のテープ、自動音声録音なのか、在日並の妙な声だ。失礼だよ、客にたいして。たいして金のかかることもないだろうし、声のいい職員もいるだろうに、清く美しい標準語で案内してもらいたいね。某社はもう言っていいだろう。D某社である。舞台は八重洲東京駅二階の旗艦店である。



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