穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

Sキング「リーシーの物語」アマンダ姉さん

2010-11-02 23:49:37 | 書評

読みかけの本の書評である。読み終わらないうちに書評を書くことが多い。ここにアップしたもので、かって読んでいたものの再読の書評のほかはほとんど現在進行形の書評だ。

だから追加していく。リーシーの物語は「セル」の後に書かれ、「悪霊の島」の前に書かれた。どうもキングは晩年になってから新しいクラフトを仕込んで百貨店を開いたようだ。悪霊の島もそうだが、リーシーもそういう意味では技を取りそろえている。

しかし、残念ながらいずれもまだ手のうちに入っていない。未消化である。キングのファンでもリーシーに反発が多い理由だろう。

ジャンルとしてはファンタジーみたい、ホラーみたいというところ。サイコロジカル・ホラーというそうだ。

この物語には二つの病気、遺伝資質が核になる。一つかカタトニア、これは強硬症、緊張病と訳すらしい。痴呆症に似ているようだが、痴呆症の老人は徘徊癖があったり、異性に対する興味がたがの外れたように強く出る場合がある。カタトニアというのは全くの植物人間のように受け身になるらしい。キングの描写によればね。

もうひとつが遺伝的な殺人狂である。ある日突然人狼化する。少年時代のこともあれば成人してからのこともある。もっとも、ほんとにこんな症例があるのかどうかは医学的な知識がないから分からない。おそらくキングの創作のようだ。ホラーの典型的なキャラだしね。

カタトニアのほうは、実際の病気のようだが。

それでだ、作家夫婦の物語だが、妻のほうの家系にはカタトニアがある。夫のほうには人狼化(悪のぬるぬる)とカタトニアがある。

上巻の相当長い冒頭部分で、妻の長姉の話が出てくるが、この人物がカタトニアになる。だから夫婦の物語のくさびだ。何故延々とこの老女の話が最初に出てくるのか、なかなか理解できないだろうがそういうことだ。

若い時から自傷行為を繰り返していたアマンダ(長姉)がカタトニアで完全に「いってしまう」わけだ。驚いたことに夫の作家(故人)は生前からこの女性の将来を見越して病院の手配までしていた。自分の家系にもあるから自傷行為を繰り返す義理の姉の将来がわかっていたのだろう。そこまで面倒を見るのもちょっと理解しがたいが、自分の家系にもある、作家自身もカタトニアになって死ぬわけだが、ということで他人事とは思えなかったのだろう。

容易に想像できるがカタトニアの看護は大変なことで、アメリカでも対応した完全看護の施設はいつも満杯らしい。だから作家は生前知り合いの医者に頼んでおいた。

とまあ、このくらいの予備知識がないとチンプンカンプンだし、なぜアマンダの話が出てくるのかもぴんとこない。

次回はアスピリン駆動のキングさん、でも書くか。