まだ津軽を抜けられない。驚いただろう。小説なら正直に書く必要はない。しかし評伝ならどこまで迫っているか、と調べてみた。端的に言う、太宰治の獲れた畑はどこか、ということだ。
ところが誰も追及していないようだ。太宰のひねくれ、屈折を解読するには絶対必要なことだと思うのになんと文芸評論家たちの杜撰なことか。
のんきに太宰の家系については語りつくされたというやつがいる。驚いたね。
確かにどの資料にも立派な系図が載っている。これが活版刷りの用意された資料で逆に怪しいと思わなければいけない。
そして立派な割には内容がない。骨だけあって肉がついていない。もっとも家系図が堂々と明瞭な割には家系はよくわからないとつぶやいている資料もある。
太宰の文学の特徴は母親探しであるという。それなのにこの問題を追及した人がいない。津軽でもそうだが、いわゆる系図上の母に対して太宰の筆致は冷たい。敬して愛さず、何の情動も起動しないらしい。
無学な乳母のたけを真の母に擬したり、出戻りのおばを母だとおもったりする、だが、ほのめかすだけでするりと抜けてしまう。
無頼派、破滅派というが、なかなか要領がいい。奥歯にものの挟まったような煮え切らない態度だ。
続く