穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

チャンドラーのヒント回収三様

2015-04-27 07:34:06 | チャンドラー

日本のミステリー評論業界では「伏線の回収」なんて言う。いかにもセンスのない表現だ。彼らの語彙の貧弱さ、言語能力の乏しさ、そしてピント外れの意見にはいつも驚かされる(てなことを申しましてな,相済みません。評論家諸氏殿)。

前回もちょっと触れたと思うが村上春樹氏がどこかで言っていたが「チャンドラーは伏線が投げ出されたままになっていることがある。後でフォローがない」と書いていた。

たしかにそう言う所も有るようだ。しかし、今回またゴドクしていて、意外に律儀に「回収」しているところもある。チャンドラーの場合、なにしろ文章が印象的だから、ヒント部分の印象のほうが強くて、さらりとフォローが書いてある(そういうことがチャンドラーの場合結構有る)ので見逃してしまったと、再読して気が付いたりする。

並のミステリー作家は、あるいはその分身である探偵は「回収部分」にさしかかると、「どうだ!」と見栄を切る様に力むから読者もぎょっとしたり、感心したりするあんばいになる。 

チャンドラーの場合;

1:読者が容易に気が付くフォロー

2:読者にヒントの文章の与える印象が強くてフォローを見逃す場合

3:作者がフォローを忘れる場合

4:作者がフォローを必要と考えない場合、つまり意識的にフォローしない場合;

などがあるようだ。

4:についてだが、「リアリズム」の観点から言えば、調査の過程で十とおり考えるうちで本当のヒントは一くらいの割合だろうから、4:の場合はもっと有っても言い訳だ、一般論としては。

 



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