新型コロナウイルスの感染爆発に歯止めがかからず、病床の逼迫(ひっぱく)状況が限界に近づいている神奈川県。県西部にある県立足柄上病院(松田町)で中等症のコロナ患者の治療にあたる医師の岩渕敬介総合診療科医長に話を聞いた。(取材は1月19日)
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◆年明けから満床状態続く
−足柄上病院のコロナ病床の逼迫具合はいかがですか。
もともと感染症病棟(6床)があり、昨年2月のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの乗客受け入れから始まり、第1波のときには初診外来や一般救急をすべてストップしてコロナ病床を確保しました。患者が減って6月には一般診療を再開して感染症病床を6床に戻し、11月まではそれで足りていましたが、12月に入って入院依頼が増えてきて賄えなくなり、12月上旬と下旬の2回に分けてコロナ病床を増やしました。一般の救急と両立するぎりぎりのところでコロナ病床を増やしていますが、年明けごろからほぼ満床の状態が続いています。
◆看護師は通常の2倍必要
コロナ病床を増やせば当然看護師が必要になります。コロナ患者に対応するには、少なくとも通常の看護師の配置基準(患者7人に対し看護師1人)の2倍は必要。感染症病棟には医師と看護師しか入れないため、通常の看護に加えて清掃や配膳などをすべて看護師がやらなければなりません。
当院では、防護具を付けて部屋に入って、外に出るときには手すりもできるだけ触らないようにするため自分で勝手に出ず、外から扉を開けてもらうようにしています。このため、誰かとペアで動かなければいけないのです。
高齢の患者さんが多く、介護や介助が必要だったり、認知症だったりする大変さもあります。病院内のゾーニングや動線の確保、病室の排気ダクトの取り付けなども必要で、病床を増やすことは簡単ではありません。
今の寒い時期には体調を崩す方が多く、一般の救急も患者さんがたくさん来ます。心筋梗塞や脳梗塞、高齢者では誤嚥(ごえん)性肺炎などのほか、外傷や消化管穿孔(せんこう)など外科的なものあります。コロナ病床をさらに増やすには一般の救急受け入れを縮小しなければならなくなります。
◆コロナ患者受け入れを断らざるを得ず…
−コロナ患者の受け入れを断らざるを得ないケースは多いのでしょうか。
12月中旬までは入院する人と退院する人のバランスが比較的取れていて、ほぼ断らないでなんとかなっていました。ところが年末年始から、満床の場合や、続けざまに受け入れたのでもう対応できないということで、県の調整本部からの依頼を断る回数が非常に増えました。
断る件数は1月10日ごろより今のほうがずっと増えています。(取材を受けた)19日は、軽症で自宅にいて急に具合の悪くなった地元の方が救急要請され、受け入れることができましたが、たまたま一床空いていたから。満床だったら断らざるを得ず、そうなると県全域で病床を探すことになり、見つからなかったかもしれません。
◆悪化してからの治療開始で重症化の危険
−搬送されてくる患者さんはどのような状態なのでしょうか。
年末から川崎市内の中等症ベッドが逼迫し始め、年始は入院患者の半分以上が川崎市の患者さんでした。いまは川崎をはじめ、横浜、県央など、県内全域から受け入れています。
「陽性が判明してリスクが高いから念のために入院しましょうね」ということができていた10月や11月に比べると、すでに状態が悪くなって搬送されてくる患者さんが多いです。今は陽性が判明してもすぐに入院にはならず、自宅待機や自宅療養となるので治療の導入が遅れがち。
悪化してから治療を開始すると、回復までに時間がかかるのと、重症化する危険性が上がります。また高齢者施設などでの集団感染も含め、高齢者が多い。高齢者は重症化しやすく治るまで時間がかかる方が多いため、入院期間が長くなり、なかなか病床があかずに次の患者さんを受け入れるまで時間が必要になります。
◆カウントされない重症者も
高齢の方が重症になると、人工呼吸器や人工心肺装置エクモは体への負担が大きいので、勧められない状態だったり、ご本人やご家族が希望されないことも多いです。そうすると転院せず、中等症の専門である当院でできる範囲で治療を続けます。人工呼吸器を付けた患者さんへの対応ほど人員は必要ではないとはいえ、命に関わる状況ではあるので負担は大きい。こういう、重症にはカウントされていないけれど重症というケースもあるのです。
初期のころからコロナ患者さんを診ていて思っていたことですが、血中酸素飽和度が下がって本人が明らかに疲労困憊(こんぱい)しているように見えるのに「あまり苦しくない」と言う方がいます。高齢の方の場合はぼーっとしているような印象。
動かなければそれほど苦しくないので、横になりっぱなしで休んでいて、気づいたときには動くと苦しいから動けない、となってしまう。単身の高齢者がひとりで自宅にいるのは特に危険です。酸素飽和度を測るパルスオキシメーターが活用されていますが、機械そのものだけでなく、電話をかけたりしてそれをチェックする体制が不足してきていると思います。
◆医療崩壊は始まっている
−現状への危機感を教えてください。
1月10日、午前3時に患者さんを受け入れました。ある病院で夕方に診断された陽性者の入院先が決まらず、搬送調整本部が重症者の調整で手いっぱいで、自力で30件近く連絡してもすべて断られたというケースです。
本来、夜間の受け入れは人手も少なく困難なのですが、当直の先生が夕方からずっと電話をかけ続け、患者さんがその間何時間も待っていた状況を考えて、なんとかしなければと決断しました。県西地域で地元の方を中心に診ているうちのような病院に、30件も断られた患者さんが遠方から運ばれてくるということは通常では考えられません。
身の回りで、私たちがコントロールできない状況が起きている、これは異常事態だと肌で感じました。局地的な、私たちの周りだけかもしれないが、医療崩壊の第一歩が起きているのだろう、と。その後、入院待機は常態化し、そしてついに、自宅待機中になくなる方が各地で出てきています。恐れていたことが、次々に現実になっています。
今、みなさんつらいと思います。感染症にひたすら配慮し続けなければいけない世の中は異常ですから。ただ、これが収束せずこの状態が続けば、搬送されず自宅で亡くなる方、必要な医療を受けられずに亡くなる方が今後も増えていきます。今は通常の医療の状態ではないということを、知っていただきたいのです。
◆無症状でも感染させるリスク知って
全く心当たりなく家族全員が感染する例が増えています。利用者全員が感染した施設もあります。入院時に全員PCR検査をする病院で、それをすり抜けて院内発症し集団感染を起こす事例が続出しています。遠方から訪れた家族と会食し高齢者が感染する例は珍しくもありません。
新型コロナウイルスに感染すると、熱やせきを発症する2日ほど前からウイルスを放出し、他人を感染させるリスクが高まります。若い人は重症化しにくいので、活動して知らない間に感染を広げ、体の弱い人が重症化して、集中治療のベッドをずっと使ってしまいます。
このウイルスは隙を突きやすいように、広がりやすいようにできています。本当にずる賢く、憎らしい。医療や社会のあるべき姿を壊してしまう病原体です。でも対策しないと、さらに広がって状況は悪化します。このことを、みなさんひとりひとりに知って、考えていただきたいと思います。
<感染しない、させない方法>
○生活を共にする人以外とは、一緒に食事をしない
○人が集まる場所へ行くときにはマスクをする
○帰宅時、食事前、公共物を触った後などに、手洗いや消毒をする。
○しばらくは、ご高齢の人を訪れたり、会食しない
○自分に症状がある時は、できるだけ外出しない
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