■「明日への遺言」(2007年・日本)
監督=小泉堯史
主演=藤田まこと ロバート・レッサー フレッド・マックイーン 富司純子
名古屋を襲った無差別爆撃。その作戦を実行したB29搭乗員を略式裁判で斬首処刑し、戦犯として裁かれた岡田資中将。彼の法廷での戦いを描いた大岡昇平のノンフィクションを映画化した作品である。映画は冒頭で、大戦末期の戦況や爆撃作戦に対する国際的な考え方を手短に説明してくれる(ナレーションは竹野内豊)。戦場が出てくるのはわずかにこの場面の実際のフィルムのみ。投下される爆弾、焼けこげた遺体・・・悲惨な爆撃の光景は、映画の場面としてでなく現実を写し取ったものとしてまず我々に示した。だが、この映画はこの後、法廷と監獄の中だけで物語を進行させていく。そして戦争の悲惨さと、困難な状況で信念を貫くことの尊さが描かれていく。
岡田中将が裁かれる法廷は、アメリカによって仕切られている。検察も弁護士も裁判官もみなアメリカ人だ。この状況でなら日本の一軍人の主張など通らないのが普通だろう。しかし、弁護人を務めたストーン氏は、岡田の「殺人ではなく無差別爆撃という戦争犯罪を犯した米兵を処罰した。」という主張とともに、軍需工場も軍施設もない地域への無差別爆撃を国際法違反として立証しようとする。このアメリカ人の姿勢にまず驚かされた。敗戦国の軍人を「法」の名の下に戦えるように力添えをする。それは主人公岡田の人間性に触れたせいだ。
岡田の主張はもう一つ。「米兵の処刑に携わった自分の部下達に責任はない。命令を発した上官である自分に全責任がある。」ということだ。部下を守るために、自身の死を覚悟しての主張だ。しかし、これには大きな矛盾がある。「処罰した米兵の行動も命令に基づいたもの。ならば通信兵や搭乗員には罪はないのではないか。」ということだ。ここをめぐる法廷での熾烈な論戦はこの映画で最も力がこもる場面だ。バーネット検察官(あのスティーブ・マックイーンの息子、フレッド・マックイーンが演じている)の鋭い視線が観ている我々にも突き刺さる。岡田は戦い続ける。裁判が終わりに近づいた頃に、裁判官が「岡田が行なった処罰は”報復”だろう?それなら米軍の軍規にもある。」と合法につながる助け船も出されるが、岡田は主張を貫き通す。
この映画で人の上に立つ者がどうあるべきなのかを考えさせられた。”責任がとれる上司がいちばんの上司”だ、とよく世間で言われるが、今の日本は国のリーダーたる人物が政権を投げ出すような状況だ。岡田中将のような部下を思い、導き、勇気づける(風呂場で「ふるさと」を歌う場面には泣かされた)ことができるリーダーは真に求められている。
妻を演じた冨司純子は、傍聴席で見つめるだけで台詞もない役柄だが、ぼやけた背景から見える微妙な表情でさえ、夫への思いが強く強く演じられる素晴らしい演技。爆撃現場の証人として呼ばれる田中好子や蒼井優も、わずかな出番ながら熱演。戦争に巻き込まれた人々の痛みが胸に突き刺さる。
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