■「瞳の奥の秘密/El Secreto De Sus Ojos」
(フアン・ホセ・カンパネラ/2009年・スペイン=アルゼンチン)
●2009年アカデミー賞 外国語映画賞
主演=リカルド・ダリン ソレダ・ビジャミル パブロ・ラゴ ハビエル・ゴディーノ
駅のホームで立ち去る男の姿と、それを見守る瞳。二人の姿以外の人々や背景は画像が揺ら ぐ二人だけを見つめる視点。見送るのは誰?そんなオープニングの映像からもう僕は映画に引き込まれた。オスカー外国語映画賞を獲得した見事なアルゼンチン映画 。一部には映像に頼りすぎとかいう評もあるようだが、映画はそもそも映像で語るものだ。そこが見事な映画なのに批判する人の気が知れない。それに脚本も巧い。台詞のひとつひとつに意味が込められており、物語が先に進むほどあの時の台詞はこの暗示だったの?と思わせてくれる面白さ。短い台詞が後で重さを増していく。だらだら説明くさい台詞が並ぶ映画ではないから、小説で言えば行間を読み取る努力がいる。それを嫌う人もいるだろう。でもそれこそがこの映画の楽しみだし他にはない魅力だ。
刑事裁判所を退職したベンハミンは、自分が担当したモラレス事件を題材に小説を書き始める。未解決に終わったこの事件を再び追い始めたことで、次第に様々なことが明らかになっていく。一つは犯人だった男の行方や被害者の遺族のその後。これは衝撃的な結末が待っている。そしてもうひとつは、ベンハミンがずっと抱えてきたイレーネへの愛情。この映画は伏線が見事なサスペンス映画であると同時に、大人向けのメロドラマでもある。身の危険が及んできたベンハミンが地方へ異動することになり、出発する駅に見送りにきたイレーネ。この時点で惹かれ合う二人なのは明白にも思うのだが…。ベンハミンは小説の中で見送る彼女への愛おしさに触れる。彼はこれをイレーネに見せる。「どうしてあの時一緒に連れて行ってくれなかったの?いくじなし」と言うイレーネ。お互いに遅すぎる愛の告白。
事件を追う場面の起伏のある展開が面白いだけでなく、個性的な登場人物やディティールの巧さに唸らされる。部下の報告を聞くのに必ずドアを開けたままにしていたイレーネが映画の終わり、ベンハミンの決心を聞く場面ではドアを初めて閉めるところ。Aの文字が壊れたタイプライターと枕元のメモ、飲んだくれの同僚の何気ない台詞、サッカーファンにしかわからない手紙の表現。容疑者尋問前にイレーネの胸のボタンがひとつ外れたことから起こる展開。そして、被害者の銀行員が選んだ行動・・・先の予想がまったくできない見事な脚本と演出。アルゼンチンという国に対する興味とともに満足できる2時間余。これは傑作。