■「LIFE!/The Secret Life Of Walter Mitty」(2013年・アメリカ)
監督=ベン・スティラー
主演=ベン・スティラー クリステン・ウィグ アダム・スコット シャーリー・マクレーン ショーン・ペン
ダニー・ケイ主演のクラシック「虹を掴む男」(1947)に現代的な設定を盛り込んだリメイク作品。僕はオリジナルは未見だが、そんなことはもはやどうでもいい。空想癖のある男性の大冒険と成長物語という基本線をそのままにして、2010年代の今だからこそ描けるビジュアルやストーリーが、センスよく見事にまとまった映画だ。そして、日々を慎ましく生きている名もなき僕らに勇気をくれる映画だ。正直なところ、予告編を見たときは、「自分を変えよう」みたいなお題が散りばめられたいわゆる自己啓発本みたいなテイストの映画?ちょっと説教くさいんじゃない?と感じていた。でもその予告編は僕の心を離れなかった。それはヒマラヤやアイスランドの広がりある風景と、心の底から突き上げてくれるような音楽のせい。ショーン・ペンが写真の向こうから手招きしたのは、主人公ウォルターだけではなかったのだ。
フォトジャーナリズムという目線で世界の今を報道し続けてきた「LIFE」誌。時代が変わってかつての部数は売れなくなり、webサービス化され、そこで働いてきた多くの社員のリストラを決行することになった。主人公ウォルター・ミッティは、その会社でネガの管理を長年してきた人物だ。スポットが当たることもない、地味な仕事を黙々とこなす日々を送る冴えない男。密かに心に思う女性はいるのだが、声をかけるのもままならない。しかも時折空想にふけって失敗を繰り返すこともある。そんなとき、最終号の表紙に使われるネガが見つからないというトラブルが発生する。写真家ショーンに直接連絡がつかず、ウォルターはショーンを追いかけて、アイスランド、ヒマラヤへと旅立つ。その旅を通じて、これまで抑え込まれていた自分が少しずつ変わり始めるのだった。
人間誰しもそんなに簡単に変われるものじゃない。自己啓発的ビジネス本を読むことが大人のたしなみのような現代ニッポンに生きていて、僕は常々そう思ってきた。中には成功した自分をひけらかしたいだけの本すら存在する。みんながジョブズやドラッカーや高校野球のマネージャーのように行動できて、劇的な成功を収められる訳じゃない。ビジネス本に書かれた内容は、悶々とした僕らの日常を好転させるヒントにはきっとなると思う。そのヒントを実行に移せる人と読むだけの人がいる。ガネーシャの教えを実行できるかどうかなのだ。しかしこれまでの自分を否定して、新しい自分を肯定するようなことは決して起こらない。それは今までの自分こそが僕らが生きる基盤だからだ。そこは何も変わらない。
映画「LIFE!」は、主人公ウォルター・ミッティのように旅に出て雄大な景色や人の生き様を感じて来いと言っているのではない。主人公ウォルターはショーンの粋で心ある悪戯でネガを見つけられなかったのだが、それを見つける旅というプロセスから見つけ出したのは、他ならず今までの自分自身。そして、ネガを首脳陣に渡して、唖然とする彼らに自分がネガ係としてやってきた仕事への誇りと自信を口にする。この映画が僕らに訴えるのは、一歩を踏み出す勇気を持つことと、これまでの自分を否定せず誇りを持つということなのだ。表紙を飾る写真は、まさにウォルターがやってきたことへショーンが贈った感謝のしるし。最終号を目にする主人公に、僕は胸が熱くなるものを感じた。その1冊に至るまでの「LIFE」マガジンの歴史、関わってきた人々の思いを感じられたような気持になったからだ。
この映画は10年程前にジム・キャリー主演スピルバーグ監督で撮るリメイク企画だったそうだ。それはそれで面白い映画になっていたかもしれない。でも当時のジム・キャリーだったら、一歩間違えれば適当なスチャラカ社員みたいな役柄に見えたかもしれない。もしこれと同じ脚本だったとしても、スピルバーグが監督というだけで絵空事に思えたかもしれない。ニコリともしない生真面目さが笑えてしまうベン・スティラーの持ち味があったからこそ、この脚本のウォルターは等身大のキャラクターに感じられる。かつてスティラーが監督した「リアリティ・バイツ」の主人公たちの仕事や社会との関わり方は、どこか人任せな印象でシニカルに描かれているようにも感じられた。それがスティラー自身も年齢を重ねて、人はどう社会と向き合うべきなのかをかみ砕いて「LIFE!」で示してくれたようにも思えるのだ。人生は自己啓発本を読むだけじゃ変わらない。自分の性格だって到底変わるはずがない。変わることができるとすれば、それは行動だけなのだ。その一歩を踏み出すことがなかなかできずにいる僕らには、少しずつ引き締まった表情になっていくウォルターがまぶしく見える。「LIFE!」は具体的に何をしろ、とガネーシャのように言ってはくれない。だけど、心の中にむずむずとわき上がる何かを僕らに植え付けてくれる映画だ。ウォルターが酔いどれパイロットが操るヘリコプターに乗り込む場面で流れるデビッド・ボウイのSpace Oddity。なんて見事な使われ方!そしてアメリカ好きの船乗りがウォルターに叫ぶひとこと「Stay Gold! Pony Boy!」に、「アウトサイダー」世代は大感激なのである。