◾️「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル/I, Tonya」(2017年・アメリカ)
監督=クレイグ・ギレスビー
主演=マーゴット・ロビー セバスチャン・スタン アリソン・ジャネイ マッケンナ・グレイス
オリンピックにも出場したフィギュアスケート選手、トーニャ・ハーディングの半生を描く物語。ライバル選手だったナンシー・ケリガン襲撃事件でその名を語られることがどうしても多いだけに、ダーティなイメージが映画を観る前からあった。おそらく多くの人も同じではないか。しかも、邦題はご親切なことに「史上最大のスキャンダル」とつけてくれている。アメリカ女子選手で初めてトリプルアクセルを成功させた偉業は知らなくても、少なくともなんか"やらかした人"という先入観を持った上でスクリーンに観客は向かうのだ。ところが全編観終わると、印象が変わる。"やらかした人"なんだけど、この2時間で彼女の不屈の姿勢を知ったら、映画のラストには何故かカッコよく見えるから不思議だ。邦題で植えられたネガティブな先入観がもたらした化学変化だ。
大好きな村主章枝選手が、スポンサーなしに現役にこだわり続けて親の貯金を出させたエピソードを語っていたけど、フィギュアスケートはお金のかかるスポーツ。恵まれた家庭の子供が多い中、ワーキングクラス出身のトーニャは度胸と高い身体能力を武器に手作りの衣装でリンクに立ち続ける。だから技術点は高いのだが、芸術点で劣る。「三回転が跳べるのに何故私は負けるのか」と、審判団を挑発するような抗議を続ける。しかも当時国際大会では歌詞付きの曲を使用するのは減点となっていたのだが、トーニャはZZトップのSleeping Bagをバックにリンクを駆け回る型破りな選手。平昌五輪で歌詞付き楽曲が解禁されたのは記憶に新しく、羽生結弦選手がプリンス殿下を使用したのだが、トーニャはその遥か前。イメージダウンのリスクはかなりのものだっただろうに。
映画は登場人物にインタビューする場面が挟まる、セミドキュメンタリー的な演出。映画冒頭からみんな持論を展開し続けるのだが、どれも身勝手な言い分でイラッとさせる。しかも本人の主張を裏付ける場面が続くかと思いきや、次の場面では正反対の行動になっていたりする面白さ。毒のある母親にしても、暴力夫とその友人にしても、かなりのクズばかりなのだが、その常識にとらわれない言動はもはや笑うしかない。事件の渦中にある娘を心配して家を訪れたはずの母のポケットにカセットレコーダーが入っていたのには、もう呆れるしかない。オリンピック前に「ロッキー」と同じトレーニングする場面には笑った。スケートから引退させられたその後のトーニャ。映画はボクシングのリングに立つ彼女を映し出す。パンチを喰らってダウンしたトーニャが、カメラ目線で不敵に笑うラストシーン。なんだ、この不思議なカッコよさ。
使用された音楽がいい。特に印象的なのは、ダイアーストレイツのRomeo and Juliet。暴力夫と友人が車の中で聴いていたのは、ローラ・ブラニガンのGloria。「フラッシュダンス」で主人公の友人がフィギュアスケートの試合で使ってたよね。