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ミリキタニの猫

2008年09月01日 | 映画(ま行)
ミリキタニの猫

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ドキュメンタリーです。
絵を描くホームレスの老人の話・・・と、それくらいの予備知識しかなく、見始めたのですが、すぐに引き込まれてしまいました。

リンダ・ハッテンドーフさんはドキュメンタリー作家ですが、
ニューヨークのソーホー、自宅付近の路上で黙々と絵を描いているホームレスらしき老人を見かける。
2001年、1月。
この寒空に、かなりの高齢のようだけど・・・と、気になって声をかけたのが始まり。
老人は自称芸術家。
日系人、ミリキタニ。
彼は日米開戦となった時に強制収容所に入れられ、ほぼ強制的に米市民権も放棄。
彼はアメリカ生まれなのですが、広島で少年時代を過ごしたという。
その故郷も、原爆で壊滅。
まさに、彼の人生は戦争で大きく狂ってしまった。
その行き着く先が、この、ホームレス生活・・・ということなんですね。

ハッテンドーフ監督は、気になって時折ビデオカメラを携えて、彼を訪ねていました。
そんな中で、9月11日。
あの同時多発テロにより貿易センタービル瓦解。
それは、ミリキタニの目の前で起りました。
リンダがかけつけてみれば、そんな中でもミリキタニは黙々と絵を描いている。
しかしあたりには火災による有毒ガスが立ち込めている。
深く考えるまもなく、彼女はミリキタニを自宅に呼び入れてしまう。
驚き!。
すっかり顔なじみとはいえ、よくこんな汚らしい、怪しい爺さんを・・・、と正直思いました。
実際あの時のニューヨークは平常心をも失わせる異常事態だったのでしょう・・・。
普通ドキュメンタリーでは、作り手は対象と深く係らないのではないでしょうか。
極力、第三者的立場として、カメラを回すだけ、
ドキュメンタリーって、そういうものだと思っていました。
しかし、彼女はミリキタニを自宅に引き入れることで、新たな一歩を踏み出すことになったのです。
インタビューで彼女は言っています。
9.11で自分は自分の無力を感じた、というのです。
何を言っても、やっても無駄なのだ・・・と。
しかし、それでも、自分は何かできるのではないか、やってみようという気になったのは、ミリキタニのおかげだ、と。
彼女は、ミリキタニの市民権や社会保険のことなどを調査し、
ついには老人ホーム入居までこぎつけます。
また、彼の姉がまだ生きて、アメリカにいることも突き止めました。

ようやく安息の生活を始めて間もなく、ミリキタニはツールレイクの強制収容所跡を訪れます。
ミリキタニは言うのです。
これでやっと、過去が通過点になった、と。
彼にとっては、時間は強制収容所でとまっていたのです。
この80歳になるまで・・・。
これがやっと通過点として、新しい人生に踏み出せる・・・。
たった一人の物語なんですが、なんて重いのでしょう。
そしてこれは、単にカメラに撮ったり、インタビューをまとめたりではなくて、
自ら踏み込んで行動した監督の勝利です。
胸が熱くなりました・・・。

ミリキタニの絵には猫が多く登場します。
かつて強制収容所にいたころ、一人の少年が、いつもミリキタニに猫の絵をせがんだというのです。
でもその少年はまもなく亡くなってしまいました。
そんな少年を偲んで、いつもミリキタニは猫を描くのです。

ミリキタニは、また、なかなかの反骨精神の持ち主で、
アメリカの社会保険なんか受けない!と、がんばっていました。
リンダの帰宅が遅い時には「女がこんな時間まで出歩くもんじゃない」と怒ったり、
日本の演歌を調子はずれでうなってみたり、
これがまた、チャーミングなじいさまだったりもする。
まあ、言ってみれば、「ハートフル・ヒューマン・ドキュメンタリー」ですかね。
人の運命を簡単に踏みにじる「戦争」を考えてみたい時、
この作品はお勧めです。

2006年/アメリカ/74分
監督:リンダ・ハッテンドーフ
出演:ジミー・ツトム・ミリキタニ、リンダ・ハッテンドーフ