聖域 (集英社文庫 し 23-7) 篠田 節子 集英社 このアイテムの詳細を見る |
これは1994年作品で、ちょっと古いですね。
宗教が絡んだ長編サスペンス。
まさに、篠田節子、という感じの一作です。
出版社に勤める実藤は、移動先の編集部で、未発表の『聖域』という原稿を見つける。
しかし、その原稿は未完のままで終わっており、
ほとんど無名の作家水名川泉は失踪して行方不明。
実藤はこの作品に異常に惹かれ、ぜひとも作者水名川を探し出し、
続きを書いてもらいたい、いや、とにかく結末が知りたいと熱意を燃やす。
しかし、彼女の行方を捜すうちに、
この原稿に係ったものはみな破滅の道を歩んでいるという事実も浮かび上がってくる。
果たして、作者を探し出すことができるのか、そしてその結末とは・・・。
この本で語る聖域とはつまり、死後の世界に係ることなのです。
私たち生きる者には必ず訪れる死。
様々な宗教は、結局その死をどのように捉えるのか、という問題なのかも知れません。
水名川泉は子どもの頃青森県津軽半島に疎開したことがあり、
その時に怖ろしい体験をし、ある種の能力を身に付けたというのです。
恐山の近辺とすればまあ、その能力というのもご想像いただけるでしょう。
実藤には、ほのかに思いを寄せた千鶴という女性がいたのですが、
思いを告げる前にチベットで亡くなってしまった。
このことが後半に意味を持ってくるのですが、
ついに水名川泉を探し出したときに、彼は亡くなったはずの千鶴と対面する。
ほんの一瞬垣間見る彼女との至福のとき。
水名川泉と対面した時に、彼は何度かこれと同様の体験をします。
次第に実藤は、小説の続きが知りたいのか、千鶴に会いたいのか、自分でもわからなくなってくる。
しかしそれと同時に、いつも同じシーン、いつも自分の記憶にある千鶴でしかないことに気付き、
これは「霊」というものがあるのではなく、
単に自分の記憶が呼び出されているだけなのではないかと疑惑に思う。
・・・とすれば死はやはり、
ただの無、永遠の虚無なのか。
そう考えると、ひどい絶望感が襲います。
それは恐怖ですらあります。
しかし、ご安心を。著者は、ちゃんと美しい結末を用意してあります。
作品中、怪しげなカルト教団も出てくるのですが、
オウム真理教の地下鉄サリン事件が1995年ということを考えると、
著者が宗教に対して抱く危険性の思いが先行しているのは、さすがという気がします。
満足度★★★★