映画と本の『たんぽぽ館』

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すきまのおともだちたち

2008年09月27日 | 本(SF・ファンタジー)
すきまのおともだちたち (集英社文庫 え 6-10)
江國 香織
集英社

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この本は何ヶ月か前に表紙のかわいいイラストに惹かれて買ったのですが、
どうも、あまりにもファンタジーっぽいその雰囲気に、気後れがして、
しばらく読まないまま放ってありました。
カット入りで、そうボリュームもないので、意を決して読み出したら、
あっという間に読み終えてしまいました。
というか、面白かったんですよ、これが!

この本の「すきま」とは、現実のほんの少しのすきま、現実ではない場所のことです。

「わたし」はあるとき不意に見たこともない場所に入り込んでしまいます。
そこには「おんなのこ」がいて、彼女を旅人として、泊めてくれる。
「おんなのこ」には、両親がいなくて、
けなげに自分ひとりでレモネードを作って売ったり、針仕事をしたりして自立して生活している。
よくファンタジーにありそうな、ただほんわかとほほ笑んでいるような、
またはか弱く誰かに守ってもらいたいような、そんな存在ではなくて、
たくましく、時には辛辣だったりする。
「おんなのこ」って、本当はそういうものですけど。
また彼女の家には「お皿」がいて、車を運転(!?)したりするし、
町には「豚の紳士」が歩いていたりする。
「わたし」は、年月を経て何度かそこへ迷い込むのですが、
そこでは「おんなのこ」は「おんなのこ」のまま。
変わらず、確固とした世界。
「おんなのこ」からすれば、見るたびに若い女性が、オバサンになり、オバアサンになっていくのを不可解とみる。

「わたし」には、現実世界でステキな恋人がいて、
その後もまずまず幸せな結婚生活を送り・・・、
別に現実を逃避したいと思っているわけでもなんでもないのに、
ある日突然その時が来るのです。
しかし、そのすきまにいる間は現実世界が夢のことのように思われる。
帰るときもそれは不意に訪れるのですが、気がつくとそれは、もといた時の直後、
つまり、現実界では瞬きするほどの間でしかない。

この話が、何を意味するのか・・・などと小難しい話をするのはよしましょう。
いやおうなく流れる現実の時間のすきまに、
そんな世界があると想像するだけで楽しいではありませんか。
時に誰かの恋人であるとか、妻であるとか、母であるとか、
そのような役目をすっかり忘れて、ただの「わたし」としての時間を過ごす、
そういう「すきま」なのかも知れませんね。

この物語に添えられているこみねゆらさんの挿絵がまた、この物語世界をささえています。
この物語に、もう、この人のイラスト以外は考えられない感じです。
いつも読むというわけではないけれど、
物置にしまいこまないで身近に大事においておきたい、
そんな本です。

満足度★★★★