一週間ほど前に実家の母より誘いがあった。
両親が仲良くしている友人夫婦(歌舞伎・舞台好き)が急用ができて確保していたチケットが無駄になりそうとのこと。
面倒ですが代わりに行ってくれないか? お嬢さん(ワタシね)もお好きだったでしょう・・・
とのことで手に入った玉三郎さん踊りのチケットである@日生劇場
ちょうどその日は弟が横浜出張と言うことで途中で降ろすから 姉ちゃん(ワタシね)そこまで迎えに来て一緒にいったら とのこと。
母と東京で会うのは久しぶりである。
今年初め癌治療をしてからやはり多少体力は落ちてしまったみたいだし、父を一人で置いていくのも心配だとも言う。
せっかくこういう機会が与えれたんだからちょっと美味しいものでも一緒に食べて楽しもうではないかいな。
母を新宿でピックアップして恵比寿に向かう。ウェ★テンホテルに
こちら(龍★門)のチャイニーズのランチ。大好きです。
夜はなかなか行けないがランチのコースは充実のラインアップ ワインとビールもついていてお得感ある値段設定である。
しょっぱなからこのエビのプリプリ感にやられる
この後2品くらいあったけど写真撮らなかった。大皿で運んできてちゃんとめいめいのお皿に取り分けてくれるのもめんどくさくなくて嬉しい。
ワゴンで運んでくる点心を選ぶのも楽しいし
このワンタンメンが絶品だった ワンタンもお蕎麦も ラーメンは苦手なので普段はほとんど外で食べない私が汁まで飲んだ。
マンゴープリン エッグタルトなどのデザート盛り合わせ
マンゴープリンが鯉の形に固めてあってかわゆい
ひ~ お腹いっぱいと言いながら母子で完食。
このホテルを出たのが1時頃。日比谷線に乗れば15分くらいで日比谷に着いて日生劇場まではすぐなんだから1時間もあれば余裕だと思っていたが。
母は思ったより歩くのがゆっくりになっていた。
恵比寿までは動く歩道があるからまだいいけど、私だったらさっさとその上を移動してしまうのに、じっと待機。駅のエレベーター待ち エレベーターのない所の階段は一歩一歩ゆっくりと登る。
つい何年か前 一緒にハワイに行って果物農園なんかを一日中歩き回っていた頃と やはりエライ違いがある。仕方がないことだけど、日一日と親が老いて行くのを実感するってさびしいもんですね。
「まだお宅なんて一人で歩けて劇場に行く気力があるだけいいわよ」なんて友達に言われたけど・・・
だから私だったら30分もあれば着くはずの劇場まで1時間近くかかってしまって開演時刻ギリギリになってしまった。 今度こういう機会があったらもう少し時間設定をゆったりさせないとダメだなって反省。
隣(宝塚劇場)には良く来るけどこちらは久しぶりである。
客席は女性率多し、綺麗に着物を着こなした踊り関係 粋筋関係の人たちも見受けられ客席ウォッチングもなかなか楽しい。
ここで着物の会の友人に会う。日舞をやってる人なので参考になるのだろう。彼女には違う公演でも偶然会ったことがある。「やだ~ また会っちゃったわね」と二人で苦笑。
↓松竹のページより抜粋
十月、錦秋の日生劇場にて「坂東玉三郎特別舞踊公演」を上演いたします。
演目は『傾城 吉原絵巻』、『藤娘』、『楊貴妃』と、藝術の秋にふさわしい彩り鮮やかなプログラムをお楽しみいただきます。
幕開きを飾る『傾城 吉原絵巻』は、傾城の華やかさと薄情な男につのる女性の想いをしっとりと魅せる、傾城物を新たに構成した舞踊です。玉三郎ならではの品格高い傾城の世界を、新たな装いでご堪能いただきます。
また、変化舞踊の傑作『藤娘』は、数ある古典の中でも特に人気の高い舞踊で、数多く上演が重ねられており、玉三郎独自の世界が繰り広げられます。藤の華やかさと、玉三郎独自の美の世界をお楽しみください。
最後は、中国に実在した絶世の美女を描いた『楊貴妃』です。人気作家夢枕獏が、長編詩「長恨歌」と能「楊貴妃」を巧みに綴り合わせ、新たに構成いたしました。京劇、能、歌舞伎舞踊を融合した、玉三郎の魅力に溢れた一幕です。方士には坂東彌十郎が出演いたします。
格式と歴史の刻まれた日生劇場で、別世界へいざなう「坂東玉三郎特別舞踊公演」にどうぞご期待ください。
傾城
藤娘
楊貴妃
舞踊だけでせりふはない。
幕が開いて玉さまが立っているだけで客席がどよめく。
ホントに美しかったです。
しかし、しかしである。この日はマジメにイヤホンガイドなど借りて解説を聞きつつ見ていたのだけど、日本舞踊ってのはかなり意味深なのね。
この日の演目で一番気に入ったのは藤娘なのだけど
wikipediaより ↓
歌舞伎舞踊の藤娘 [編集]1937年(昭和12年)に六代目尾上菊五郎が、五変化舞踊のひとつだった藤娘を独立させ、長唄の間に「藤音頭」(岡鬼太郎作)を挿入し、舞台演出を一新して上演したもの。藤の絡んだ松の大木は、松が男を、藤が女を象徴している。筋は、藤の絡んだ松の大木の前に藤の枝を手にした藤の精が、意のままにならない男心を切々と嘆きつつ踊る。やがて酒に酔い興にのって踊るうちに遠寺の鐘が鳴り夕暮れを告げると、娘も夕暮れとともに姿を消す、というもの。
松の緑と華やかな藤の房が垂れ下がる舞台なんだけど 松の大木が男 それに絡んだ藤が女を象徴してるってなると意味深じゃありませんか?
歌詞もさらに意味深でござるよ。
若むらさきに とかえりの 花をあらわす 松の藤浪
人目せき笠 塗笠しゃんと 振かかげたる 一枝は
紫深き 水道の水に 染めて うれしきゆかりの色に
いとしと書いて藤の花 エエ しょんがいな
裾もほらほら しどけなく
鏡山 人のしがより この身のしがを
かへりみるめの 汐なき海に 娘すがたの はづかしや
男ごころの憎いのは ほかのおなごに 神かけて
あはづと三井(みい)のかねごとも 堅い誓いの石山に
身はうつせみの から埼や まつ夜をよそに 比良の雪
とけて 逢瀬の あた妬ましい ようものせたにゃ わしゃのせられて
文も堅田の かただより こころ矢橋の かこちごと
松を植よなら 有馬の里へ植えさんせ
いつまでも 変わらぬちぎり かいどりづまで よれつ もつれつ まだ寝がたらぬ
宵寝まくらの まだ寝が足らぬ 藤にまかれて 寝とござる
アア何とせうか どせうかいな
わしが小まくら お手まくら
空もかすみの夕照りに 名残惜しみて 帰る雁金
長唄に挿入される藤音頭 更に直接的でございます
藤音頭
藤の花房色よく長く
可愛いがろとて酒買うて 飲ませたら
うちの男松に からんでしめて
てもさても 十返りという名のにくや
かへるという忌み言葉
はなものいわぬ ためしでも
しらぬそぶりは ならのきょう
松にすがるも すきずき
松をまとうも すきずき
好いて好かれて
はなれぬ仲は ときわぎの たち帰えらで
きみとわれとか おゝ嬉し おゝうれし
ってなもんです。
イヤホンガイドのおばさん(失礼)も 「今まではオトコを知るまでのおぼこいムスメ、これはオトコを知ったあとのムスメの踊りです」なんてきわどいことを淡々と解説。
遠い記憶では中学くらいの時にのちに名取となった友人がこの踊りを踊ったのを見た覚えがある。
その頃(今でも読まなきゃわかんない)は当然長唄の意味なんてわからなかったし、踊った本人もこんな意味なんてわからず踊ってたのじゃないだろうか?
恋愛とかそれにまつわる色んなカンケイとか 昔も今も普遍的だし、芸能や芸術ってのはそれがなきゃ成立しないもんなんですね~って改めて実感。
こういう事がわかるのってやっぱりある程度年齢と経験必ってことですね~
と思えば 年取ることの味わいもあるもんですね 同年代の皆様。
両親が仲良くしている友人夫婦(歌舞伎・舞台好き)が急用ができて確保していたチケットが無駄になりそうとのこと。
面倒ですが代わりに行ってくれないか? お嬢さん(ワタシね)もお好きだったでしょう・・・
とのことで手に入った玉三郎さん踊りのチケットである@日生劇場
ちょうどその日は弟が横浜出張と言うことで途中で降ろすから 姉ちゃん(ワタシね)そこまで迎えに来て一緒にいったら とのこと。
母と東京で会うのは久しぶりである。
今年初め癌治療をしてからやはり多少体力は落ちてしまったみたいだし、父を一人で置いていくのも心配だとも言う。
せっかくこういう機会が与えれたんだからちょっと美味しいものでも一緒に食べて楽しもうではないかいな。
母を新宿でピックアップして恵比寿に向かう。ウェ★テンホテルに
こちら(龍★門)のチャイニーズのランチ。大好きです。
夜はなかなか行けないがランチのコースは充実のラインアップ ワインとビールもついていてお得感ある値段設定である。
しょっぱなからこのエビのプリプリ感にやられる
この後2品くらいあったけど写真撮らなかった。大皿で運んできてちゃんとめいめいのお皿に取り分けてくれるのもめんどくさくなくて嬉しい。
ワゴンで運んでくる点心を選ぶのも楽しいし
このワンタンメンが絶品だった ワンタンもお蕎麦も ラーメンは苦手なので普段はほとんど外で食べない私が汁まで飲んだ。
マンゴープリン エッグタルトなどのデザート盛り合わせ
マンゴープリンが鯉の形に固めてあってかわゆい
ひ~ お腹いっぱいと言いながら母子で完食。
このホテルを出たのが1時頃。日比谷線に乗れば15分くらいで日比谷に着いて日生劇場まではすぐなんだから1時間もあれば余裕だと思っていたが。
母は思ったより歩くのがゆっくりになっていた。
恵比寿までは動く歩道があるからまだいいけど、私だったらさっさとその上を移動してしまうのに、じっと待機。駅のエレベーター待ち エレベーターのない所の階段は一歩一歩ゆっくりと登る。
つい何年か前 一緒にハワイに行って果物農園なんかを一日中歩き回っていた頃と やはりエライ違いがある。仕方がないことだけど、日一日と親が老いて行くのを実感するってさびしいもんですね。
「まだお宅なんて一人で歩けて劇場に行く気力があるだけいいわよ」なんて友達に言われたけど・・・
だから私だったら30分もあれば着くはずの劇場まで1時間近くかかってしまって開演時刻ギリギリになってしまった。 今度こういう機会があったらもう少し時間設定をゆったりさせないとダメだなって反省。
隣(宝塚劇場)には良く来るけどこちらは久しぶりである。
客席は女性率多し、綺麗に着物を着こなした踊り関係 粋筋関係の人たちも見受けられ客席ウォッチングもなかなか楽しい。
ここで着物の会の友人に会う。日舞をやってる人なので参考になるのだろう。彼女には違う公演でも偶然会ったことがある。「やだ~ また会っちゃったわね」と二人で苦笑。
↓松竹のページより抜粋
十月、錦秋の日生劇場にて「坂東玉三郎特別舞踊公演」を上演いたします。
演目は『傾城 吉原絵巻』、『藤娘』、『楊貴妃』と、藝術の秋にふさわしい彩り鮮やかなプログラムをお楽しみいただきます。
幕開きを飾る『傾城 吉原絵巻』は、傾城の華やかさと薄情な男につのる女性の想いをしっとりと魅せる、傾城物を新たに構成した舞踊です。玉三郎ならではの品格高い傾城の世界を、新たな装いでご堪能いただきます。
また、変化舞踊の傑作『藤娘』は、数ある古典の中でも特に人気の高い舞踊で、数多く上演が重ねられており、玉三郎独自の世界が繰り広げられます。藤の華やかさと、玉三郎独自の美の世界をお楽しみください。
最後は、中国に実在した絶世の美女を描いた『楊貴妃』です。人気作家夢枕獏が、長編詩「長恨歌」と能「楊貴妃」を巧みに綴り合わせ、新たに構成いたしました。京劇、能、歌舞伎舞踊を融合した、玉三郎の魅力に溢れた一幕です。方士には坂東彌十郎が出演いたします。
格式と歴史の刻まれた日生劇場で、別世界へいざなう「坂東玉三郎特別舞踊公演」にどうぞご期待ください。
傾城
藤娘
楊貴妃
舞踊だけでせりふはない。
幕が開いて玉さまが立っているだけで客席がどよめく。
ホントに美しかったです。
しかし、しかしである。この日はマジメにイヤホンガイドなど借りて解説を聞きつつ見ていたのだけど、日本舞踊ってのはかなり意味深なのね。
この日の演目で一番気に入ったのは藤娘なのだけど
wikipediaより ↓
歌舞伎舞踊の藤娘 [編集]1937年(昭和12年)に六代目尾上菊五郎が、五変化舞踊のひとつだった藤娘を独立させ、長唄の間に「藤音頭」(岡鬼太郎作)を挿入し、舞台演出を一新して上演したもの。藤の絡んだ松の大木は、松が男を、藤が女を象徴している。筋は、藤の絡んだ松の大木の前に藤の枝を手にした藤の精が、意のままにならない男心を切々と嘆きつつ踊る。やがて酒に酔い興にのって踊るうちに遠寺の鐘が鳴り夕暮れを告げると、娘も夕暮れとともに姿を消す、というもの。
松の緑と華やかな藤の房が垂れ下がる舞台なんだけど 松の大木が男 それに絡んだ藤が女を象徴してるってなると意味深じゃありませんか?
歌詞もさらに意味深でござるよ。
若むらさきに とかえりの 花をあらわす 松の藤浪
人目せき笠 塗笠しゃんと 振かかげたる 一枝は
紫深き 水道の水に 染めて うれしきゆかりの色に
いとしと書いて藤の花 エエ しょんがいな
裾もほらほら しどけなく
鏡山 人のしがより この身のしがを
かへりみるめの 汐なき海に 娘すがたの はづかしや
男ごころの憎いのは ほかのおなごに 神かけて
あはづと三井(みい)のかねごとも 堅い誓いの石山に
身はうつせみの から埼や まつ夜をよそに 比良の雪
とけて 逢瀬の あた妬ましい ようものせたにゃ わしゃのせられて
文も堅田の かただより こころ矢橋の かこちごと
松を植よなら 有馬の里へ植えさんせ
いつまでも 変わらぬちぎり かいどりづまで よれつ もつれつ まだ寝がたらぬ
宵寝まくらの まだ寝が足らぬ 藤にまかれて 寝とござる
アア何とせうか どせうかいな
わしが小まくら お手まくら
空もかすみの夕照りに 名残惜しみて 帰る雁金
長唄に挿入される藤音頭 更に直接的でございます
藤音頭
藤の花房色よく長く
可愛いがろとて酒買うて 飲ませたら
うちの男松に からんでしめて
てもさても 十返りという名のにくや
かへるという忌み言葉
はなものいわぬ ためしでも
しらぬそぶりは ならのきょう
松にすがるも すきずき
松をまとうも すきずき
好いて好かれて
はなれぬ仲は ときわぎの たち帰えらで
きみとわれとか おゝ嬉し おゝうれし
ってなもんです。
イヤホンガイドのおばさん(失礼)も 「今まではオトコを知るまでのおぼこいムスメ、これはオトコを知ったあとのムスメの踊りです」なんてきわどいことを淡々と解説。
遠い記憶では中学くらいの時にのちに名取となった友人がこの踊りを踊ったのを見た覚えがある。
その頃(今でも読まなきゃわかんない)は当然長唄の意味なんてわからなかったし、踊った本人もこんな意味なんてわからず踊ってたのじゃないだろうか?
恋愛とかそれにまつわる色んなカンケイとか 昔も今も普遍的だし、芸能や芸術ってのはそれがなきゃ成立しないもんなんですね~って改めて実感。
こういう事がわかるのってやっぱりある程度年齢と経験必ってことですね~
と思えば 年取ることの味わいもあるもんですね 同年代の皆様。