The mind of man is framed even like the breath 思考の軌跡
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第72話 初弾act.1―another,side story「陽はまた昇る」
窓の青紅葉ゆらす翳に、光あわい。
ゆるやかな陽射しに畳が明滅する、その光も金色あわい。
もう明後日は十月、そのとき自分は近くて遠い場所に居るだろう。
けれど告げられない行先を呑みこんで袴の皺そっと伸ばし、周太は微笑んだ。
「美代さん、このお菓子お茶に合うと思うよ?僕、好きだな、」
僕、そんな一人称で最後の壁ひとつ取り払う。
いま14年ぶりに友人へと遣った、その羞みに綺麗な明るい目は笑ってくれた。
「よかった、お抹茶が美味しいから少し気が引けてたの。湯原くん、体もう良さそうね?」
「ん、大丈夫だよ?ありがとう美代さん、」
笑いかけた先、あわい日焼の笑顔は温かい。
その肌色と笑顔に演習林での時間が楽しかったと解かる。
いつか自分も同じ時に立てるだろうか?そんな思いの前で友達が笑ってくれる。
「手塚くんはどうかな、改良版なんだけど今が初試食なの、」
「うまいよ、小嶌さんてホント佳い味つくるな。この間のも旨かったし、」
闊達なトーン素直に笑って菓子を口に運ぶ。
寛いだ空気に胡坐を組んでチタンフレームの明眸は愉しげに笑っている。
いつも通りに明るい貌が嬉しい、その隣から底抜けに明るいテノールが笑った。
「だったら手塚くん、美代を嫁にもらってやってよ?味噌でもナンでも美代は作れるからさ、飯は保障出来るよ?」
いきなり何を言ってるの?
たとえ冗談でも急にこの話題は驚かされてしまう。
なにより何だか困って首傾げた向こう、可愛い声はさらり答えた。
「光ちゃん、もらってやってなんて猫の里親探しと違うのよ?」
「里親ってイイ表現だね、美代にはソレのが似合うんじゃない?」
からり笑って幼馴染は抹茶碗を手にとってくれる。
飲みほした碗を雪白の手に眺めて楽しむ、その横顔に闊達な声が笑った。
「国村さん、小嶌さんは周太とお似合いだと思いますよ?大学では親公認で付合ってるって噂になってるくらいだし、」
「へえ、美代と周太がね?」
可笑しそうに笑って透明な瞳が初対面の相手を見る。
遠慮ない視線にも眼鏡の明眸は変わらない、そのままに闊達な声で賢弥は頷いた。
「なんか雰囲気が似てるんですよね、ふたりは。勉強の話で白熱してもドッカ寛げるっていうか、真剣でも余裕があるかんじで、」
「ふん、確かにそういうトコ似てるよね、」
頷いてくれながら雪白の手は茶碗を畳に据える。
その瞳が此方を見、優しい眼差しは悪戯っ子に笑った。
「似たモン同士で好きな相手も同じだったりね、周太?」
またからかってくれてるの?
そんな眼差しに困らされるまま首すじ熱くなる。
すぐ顔まで赤くなるだろう、それもまた困る前から幼馴染が笑いかけた。
「周太、ちょっと庭を案内してよ?この季節はお初にお邪魔したからね、」
ちょっと二人で話そう?
そんなふう誘ってくれる笑顔に周太も微笑んだ。
「ん、いいよ?…美代さん、賢弥、ゆっくりしていてね、」
「いってらっしゃい。光ちゃん、湯原くんをいじめたら駄目よ?病み上がりなんだから、」
実直な明るい笑顔が釘さしてくれる。
その忠告に悪戯っ子はただ微笑んで和室の扉を開いた。
かたん、軽やかな音に出てゆく長身を見送って、感心したよう賢弥が笑った。
「国村さんってホント綺麗だな?身長高くて貫禄もあるから男だって解かるけど、すごい美人だ、」
本当にその通りだと自分も思う。
けれど美人だけじゃないな?そんな感想と立ち上がった前で可愛い声も笑った。
「ほんと光ちゃんは美人でしょ?でも性格は悪戯小僧で仙人みたいなの、ね?」
「ん、光一は悪戯っ子で仙人だね、すごく優しいけど、」
肯定に微笑んで周太は「悪戯小僧で仙人」の後へと立った。
廊下に出て、もうホールの扉を開いた背中は細身でも広い。
長身しなやかな背格好は綺麗で、すこしだけ較べてしまう。
―でも僕は僕だもの、背が低いからお父さんのこと追いかけられる、
ひとり比較と見つめて、けれど父への想いが自分を支えてくれる。
いつかコンプレックスも笑える自分に成れたらいい、そんな想いごと袴さばいて外へ出た。
やわらかな風が梢に鳴って葉擦れの香ふってくる、その木洩陽に幼馴染は綺麗に笑った。
「周太、自分のこと僕って呼んでるね。肩の力が抜けてるカンジ、養生したのがイロイロ良かった?」
澄んだテノールの言葉に嬉しくなる。
言ってくれる通り、養生の時間が余分な力を抜いてくれた。
それを解かって貰えることが嬉しい、嬉しい分だけ羞みながら周太は微笑んだ。
「ん、良かった…元々は僕って言ってたんだ、お父さんが亡くなって変えてたの、」
「初めて会った時も僕って言ってたね?」
さらり光一に言われて、すこし驚かされてしまう。
初めて会った時からじき15年が経つ、それでも憶えてくれている友人に周太は訊いてみた。
「よく光一は憶えてるね、僕が自分を何て呼んでたとか、」
「そりゃ憶えてるよ、女の子だって想ってたからさ?」
可笑しそうに笑って長身は飛石から芝生へ歩きだす。
ワイシャツのネクタイ緩めた衿元も涼やかに木洩陽ゆれる、その光がやわらかい。
夏が終わって秋になる、いま移ろう季の庭木立へ底抜けに明るい瞳は愉しく笑った。
「あのとき周太のコト、本気で山桜のドリアードが人間の子に化けてるって想ったからね、で、ドリアードは精霊だけど一応は女だろ?
女の子が僕って言うの珍しかったからさ、ドリアードは女のナリしてるけど一人称は僕なのかねって想ったワケ、だから憶えてるよ、」
お互い9歳だった。
雪の朝、奥多摩の森で初めて出会ったのは白銀きらめく世界だった。
あのとき自分こそ相手が不思議で、それでも自然に受けとめていた時間に周太も笑った。
「ん、僕も光一を雪ん子かなって想ったよ?森の守り神さまなのかなとか…この庭でいろんな想像しながらまた会うの楽しみにしてた、」
「うん、俺もまた会いたくて待ってたね、毎日あの森の守りしてさ?」
透明なテノールが笑ってくれる、その言葉に約束たちが映りこむ。
初めて出会って初めてした約束は「再会」そして再会してからも約束を結んだ。
そんな全てに今も告げたいことがある、この告白に周太は呼吸ひとつ綺麗に笑った。
「光一、僕は一年以内に警察を辞めるよ?来年の秋に大学院を受験して樹医を目指したいんだ、お父さんとの約束で僕の夢だから、」
樹木医になる、この約束をした時間から父が笑ってくれる。
あの幸福だった冬の朝はこの家にあった、それを贈ってくれた相手に笑いかけた。
「光一と奥多摩の森で会った次の週、新聞に樹木医のことが載っていてね…樹を援ける魔法使いだって父が教えてくれて、憧れたんだ。
それで樹医になろうって決めたんだけど、僕は光一を森の神さまだと想ってたからね?樹医になれたらもっと仲良くなれるかなって想ったよ、」
美しい大樹の住む森に出逢った少年を、森の神だと自分は信じていた。
それは幼い子供の思い込みかもしれない、それでも今でも信じたくなる根拠を言葉に変えた。
「あのとき光一、僕に大きなドングリくれたでしょ?あれね、僕このあいだ植えてみたの…見て、」
ワイシャツの腕をとると周太は陽だまりへ歩みよった。
そこに置かれた植木鉢のなか、陽を弾くちいさな双葉に光一は綺麗に笑った。
「へえ、15年越しで発芽したんだね、すごいね周太、」
嬉しそうに雪白の貌ほころばせスラックスの膝を屈めてくれる。
初めて会った冬に贈ってくれた木の実は今、若い芽を秋の太陽に輝かす。
素焼きの鉢の前しゃがみこんで白い指そっと若葉ふれて、澄んだテノールが微笑んだ。
「ホントに周太はドリアードだね、15年前のドングリを発芽させるなんてさ?」
「このドングリがすごいんだと思うよ…だから僕、ドングリをくれた光一は森の神さまなのかなって今も想ってるの、」
素直な想い微笑んだ隣、澄んだ瞳が笑ってくれる。
まるで御伽話のような会話、それを24歳になる男二人で交わしてしまう。
こんなこと普通なら「変」と言われる、だからこそ互いに抱ける信頼感に幼馴染は笑ってくれた。
「確かに森の神サンのドングリだろね、雅樹さんの森のだからさ?」
雅樹の森、森の神、そんな言葉たちに鼓動そっと掴まれる。
もうじき十月、この季節を見つめて周太も隣にしゃがみこんだ。
「光一、北鎌尾根は英二と行ってきてね?登山計画と下山メール僕にも頂戴、光一を信じてるけど万が一は僕も援ける、」
十月、光一は北鎌尾根を登るだろう。
16年前の十月に途絶えたトレースを全て辿るため、光一はきっと行く。
そのとき単独で行かせたら危ない、そう解るから英二を伴う約束をしてほしい。
―英二が一緒なら大丈夫、きっと支えてくれるもの…そうだよね英二?
俤に願いながら今この隣に笑いかける。
どうか約束をしてほしい、自分も援けることを望んでほしい。
そんな願いごと見つめる真中で透明な瞳ゆっくり瞬くと、光一はため息と微笑んだ。
「やっぱり解っちゃうんだね、周太にはさ?」
「ん、僕には解るよ…僕もお父さんを追いかけてるから、」
頷いた真中で無垢の瞳が困ったよう笑ってくれる。
その澄んだ眼差しに周太は率直なまま釘刺した。
「雅樹さんは光一を幸せにする種をたくさん播いてくれてると想う、それを全部ちゃんと見つけて育てるまで死んだら駄目、
大切な人が一生懸命に遺してくれたものを無視することは、そのひとを本気で想ってないことになるでしょ?だから生きて探すの、」
父の軌跡を追いかけて、父を見つける時間に幾つもの幸福を自分は見つけた。
それと同じことが光一と雅樹にもある、そう信じるまま祈る想いに光一は微笑んだ。
「周太のオヤジさんと祖父さん、大学に沢山のこと遺してくれたね?」
「ん、文学のことも奨学金のこともね…たくさん道を遺してくれてたでしょ、」
素直に微笑んだ隣、無垢の瞳が自分を映してくれる。
この瞳が本当に求めたい相手を想いながら周太は続けた。
「僕ね、お父さんが東大で勉強してたことも、お祖父さんがフランス文学の学者さんだったことも何も知らなかったでしょう?
それでも僕、今は東大で森林学と文学の勉強をさせてもらえてる…この切欠は交番勤務で青木先生の冤罪を晴らしたことだったよね、
お父さんを知ること諦めないで追いかけたら、お父さん達の幸せな時間と大切なものに逢えたんだ…それが僕を幸せに支えてくれてるよ?」
父が英文学に抱いた夢、祖父がフランス文学に生きて学問に懸けた想い。
その全てが自分に学ぶ喜びから生きる意志を贈ってくれる、この幸福に微笑んだ隣で無垢の瞳が笑った。
「だね…俺も雅樹さんを追っかけて山登ってレスキューやって、雅樹さんの風景を全部きっちり見つけないとね?そしたらさ、」
そしたらさ、
そう言いかけて雪白の指そっと双葉を撫でる。
桜色の爪に木洩陽ゆれて若葉と輝く、その煌めきに光一は笑ってくれた。
「いつか俺も雅樹さんと逢えるよね?周太がオヤジさんや祖父さんに逢えたみたいにさ、」
「ん、きっと逢えるよ?」
即答で笑いかけた先、澄んだ瞳に光の欠片が映る。
梢ふる輝きが眼差しに宿らす、その光ひとつ零れて綺麗な笑顔は約束した。
「北鎌尾根、英二と登って来るね?周太に計画書もメールもする、きっちり雅樹さんの時間を見つけてくる、」
笑ってくれる瞳は泣いて、けれど明るい。
前と同じに大らかで前よりも穏やかな眼差しへ周太も笑いかけた。
「ん、気をつけて帰ってきてね…海外の遠征訓練もあるの?」
「遠征は延期になるかもしれないんだよね、英二が昇進しちゃって忙しいからさ?周太こそ元気で帰ってきてよ、」
応えてくれながら「帰ってきて」と心配してくれる。
この心配も全て解かっているからだろう、それでも黙って見つめてくれる想いに約束した。
「ん、僕も無事に帰ってくるね?もっと勉強したいんだ、」
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
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第72話 初弾act.1―another,side story「陽はまた昇る」
窓の青紅葉ゆらす翳に、光あわい。
ゆるやかな陽射しに畳が明滅する、その光も金色あわい。
もう明後日は十月、そのとき自分は近くて遠い場所に居るだろう。
けれど告げられない行先を呑みこんで袴の皺そっと伸ばし、周太は微笑んだ。
「美代さん、このお菓子お茶に合うと思うよ?僕、好きだな、」
僕、そんな一人称で最後の壁ひとつ取り払う。
いま14年ぶりに友人へと遣った、その羞みに綺麗な明るい目は笑ってくれた。
「よかった、お抹茶が美味しいから少し気が引けてたの。湯原くん、体もう良さそうね?」
「ん、大丈夫だよ?ありがとう美代さん、」
笑いかけた先、あわい日焼の笑顔は温かい。
その肌色と笑顔に演習林での時間が楽しかったと解かる。
いつか自分も同じ時に立てるだろうか?そんな思いの前で友達が笑ってくれる。
「手塚くんはどうかな、改良版なんだけど今が初試食なの、」
「うまいよ、小嶌さんてホント佳い味つくるな。この間のも旨かったし、」
闊達なトーン素直に笑って菓子を口に運ぶ。
寛いだ空気に胡坐を組んでチタンフレームの明眸は愉しげに笑っている。
いつも通りに明るい貌が嬉しい、その隣から底抜けに明るいテノールが笑った。
「だったら手塚くん、美代を嫁にもらってやってよ?味噌でもナンでも美代は作れるからさ、飯は保障出来るよ?」
いきなり何を言ってるの?
たとえ冗談でも急にこの話題は驚かされてしまう。
なにより何だか困って首傾げた向こう、可愛い声はさらり答えた。
「光ちゃん、もらってやってなんて猫の里親探しと違うのよ?」
「里親ってイイ表現だね、美代にはソレのが似合うんじゃない?」
からり笑って幼馴染は抹茶碗を手にとってくれる。
飲みほした碗を雪白の手に眺めて楽しむ、その横顔に闊達な声が笑った。
「国村さん、小嶌さんは周太とお似合いだと思いますよ?大学では親公認で付合ってるって噂になってるくらいだし、」
「へえ、美代と周太がね?」
可笑しそうに笑って透明な瞳が初対面の相手を見る。
遠慮ない視線にも眼鏡の明眸は変わらない、そのままに闊達な声で賢弥は頷いた。
「なんか雰囲気が似てるんですよね、ふたりは。勉強の話で白熱してもドッカ寛げるっていうか、真剣でも余裕があるかんじで、」
「ふん、確かにそういうトコ似てるよね、」
頷いてくれながら雪白の手は茶碗を畳に据える。
その瞳が此方を見、優しい眼差しは悪戯っ子に笑った。
「似たモン同士で好きな相手も同じだったりね、周太?」
またからかってくれてるの?
そんな眼差しに困らされるまま首すじ熱くなる。
すぐ顔まで赤くなるだろう、それもまた困る前から幼馴染が笑いかけた。
「周太、ちょっと庭を案内してよ?この季節はお初にお邪魔したからね、」
ちょっと二人で話そう?
そんなふう誘ってくれる笑顔に周太も微笑んだ。
「ん、いいよ?…美代さん、賢弥、ゆっくりしていてね、」
「いってらっしゃい。光ちゃん、湯原くんをいじめたら駄目よ?病み上がりなんだから、」
実直な明るい笑顔が釘さしてくれる。
その忠告に悪戯っ子はただ微笑んで和室の扉を開いた。
かたん、軽やかな音に出てゆく長身を見送って、感心したよう賢弥が笑った。
「国村さんってホント綺麗だな?身長高くて貫禄もあるから男だって解かるけど、すごい美人だ、」
本当にその通りだと自分も思う。
けれど美人だけじゃないな?そんな感想と立ち上がった前で可愛い声も笑った。
「ほんと光ちゃんは美人でしょ?でも性格は悪戯小僧で仙人みたいなの、ね?」
「ん、光一は悪戯っ子で仙人だね、すごく優しいけど、」
肯定に微笑んで周太は「悪戯小僧で仙人」の後へと立った。
廊下に出て、もうホールの扉を開いた背中は細身でも広い。
長身しなやかな背格好は綺麗で、すこしだけ較べてしまう。
―でも僕は僕だもの、背が低いからお父さんのこと追いかけられる、
ひとり比較と見つめて、けれど父への想いが自分を支えてくれる。
いつかコンプレックスも笑える自分に成れたらいい、そんな想いごと袴さばいて外へ出た。
やわらかな風が梢に鳴って葉擦れの香ふってくる、その木洩陽に幼馴染は綺麗に笑った。
「周太、自分のこと僕って呼んでるね。肩の力が抜けてるカンジ、養生したのがイロイロ良かった?」
澄んだテノールの言葉に嬉しくなる。
言ってくれる通り、養生の時間が余分な力を抜いてくれた。
それを解かって貰えることが嬉しい、嬉しい分だけ羞みながら周太は微笑んだ。
「ん、良かった…元々は僕って言ってたんだ、お父さんが亡くなって変えてたの、」
「初めて会った時も僕って言ってたね?」
さらり光一に言われて、すこし驚かされてしまう。
初めて会った時からじき15年が経つ、それでも憶えてくれている友人に周太は訊いてみた。
「よく光一は憶えてるね、僕が自分を何て呼んでたとか、」
「そりゃ憶えてるよ、女の子だって想ってたからさ?」
可笑しそうに笑って長身は飛石から芝生へ歩きだす。
ワイシャツのネクタイ緩めた衿元も涼やかに木洩陽ゆれる、その光がやわらかい。
夏が終わって秋になる、いま移ろう季の庭木立へ底抜けに明るい瞳は愉しく笑った。
「あのとき周太のコト、本気で山桜のドリアードが人間の子に化けてるって想ったからね、で、ドリアードは精霊だけど一応は女だろ?
女の子が僕って言うの珍しかったからさ、ドリアードは女のナリしてるけど一人称は僕なのかねって想ったワケ、だから憶えてるよ、」
お互い9歳だった。
雪の朝、奥多摩の森で初めて出会ったのは白銀きらめく世界だった。
あのとき自分こそ相手が不思議で、それでも自然に受けとめていた時間に周太も笑った。
「ん、僕も光一を雪ん子かなって想ったよ?森の守り神さまなのかなとか…この庭でいろんな想像しながらまた会うの楽しみにしてた、」
「うん、俺もまた会いたくて待ってたね、毎日あの森の守りしてさ?」
透明なテノールが笑ってくれる、その言葉に約束たちが映りこむ。
初めて出会って初めてした約束は「再会」そして再会してからも約束を結んだ。
そんな全てに今も告げたいことがある、この告白に周太は呼吸ひとつ綺麗に笑った。
「光一、僕は一年以内に警察を辞めるよ?来年の秋に大学院を受験して樹医を目指したいんだ、お父さんとの約束で僕の夢だから、」
樹木医になる、この約束をした時間から父が笑ってくれる。
あの幸福だった冬の朝はこの家にあった、それを贈ってくれた相手に笑いかけた。
「光一と奥多摩の森で会った次の週、新聞に樹木医のことが載っていてね…樹を援ける魔法使いだって父が教えてくれて、憧れたんだ。
それで樹医になろうって決めたんだけど、僕は光一を森の神さまだと想ってたからね?樹医になれたらもっと仲良くなれるかなって想ったよ、」
美しい大樹の住む森に出逢った少年を、森の神だと自分は信じていた。
それは幼い子供の思い込みかもしれない、それでも今でも信じたくなる根拠を言葉に変えた。
「あのとき光一、僕に大きなドングリくれたでしょ?あれね、僕このあいだ植えてみたの…見て、」
ワイシャツの腕をとると周太は陽だまりへ歩みよった。
そこに置かれた植木鉢のなか、陽を弾くちいさな双葉に光一は綺麗に笑った。
「へえ、15年越しで発芽したんだね、すごいね周太、」
嬉しそうに雪白の貌ほころばせスラックスの膝を屈めてくれる。
初めて会った冬に贈ってくれた木の実は今、若い芽を秋の太陽に輝かす。
素焼きの鉢の前しゃがみこんで白い指そっと若葉ふれて、澄んだテノールが微笑んだ。
「ホントに周太はドリアードだね、15年前のドングリを発芽させるなんてさ?」
「このドングリがすごいんだと思うよ…だから僕、ドングリをくれた光一は森の神さまなのかなって今も想ってるの、」
素直な想い微笑んだ隣、澄んだ瞳が笑ってくれる。
まるで御伽話のような会話、それを24歳になる男二人で交わしてしまう。
こんなこと普通なら「変」と言われる、だからこそ互いに抱ける信頼感に幼馴染は笑ってくれた。
「確かに森の神サンのドングリだろね、雅樹さんの森のだからさ?」
雅樹の森、森の神、そんな言葉たちに鼓動そっと掴まれる。
もうじき十月、この季節を見つめて周太も隣にしゃがみこんだ。
「光一、北鎌尾根は英二と行ってきてね?登山計画と下山メール僕にも頂戴、光一を信じてるけど万が一は僕も援ける、」
十月、光一は北鎌尾根を登るだろう。
16年前の十月に途絶えたトレースを全て辿るため、光一はきっと行く。
そのとき単独で行かせたら危ない、そう解るから英二を伴う約束をしてほしい。
―英二が一緒なら大丈夫、きっと支えてくれるもの…そうだよね英二?
俤に願いながら今この隣に笑いかける。
どうか約束をしてほしい、自分も援けることを望んでほしい。
そんな願いごと見つめる真中で透明な瞳ゆっくり瞬くと、光一はため息と微笑んだ。
「やっぱり解っちゃうんだね、周太にはさ?」
「ん、僕には解るよ…僕もお父さんを追いかけてるから、」
頷いた真中で無垢の瞳が困ったよう笑ってくれる。
その澄んだ眼差しに周太は率直なまま釘刺した。
「雅樹さんは光一を幸せにする種をたくさん播いてくれてると想う、それを全部ちゃんと見つけて育てるまで死んだら駄目、
大切な人が一生懸命に遺してくれたものを無視することは、そのひとを本気で想ってないことになるでしょ?だから生きて探すの、」
父の軌跡を追いかけて、父を見つける時間に幾つもの幸福を自分は見つけた。
それと同じことが光一と雅樹にもある、そう信じるまま祈る想いに光一は微笑んだ。
「周太のオヤジさんと祖父さん、大学に沢山のこと遺してくれたね?」
「ん、文学のことも奨学金のこともね…たくさん道を遺してくれてたでしょ、」
素直に微笑んだ隣、無垢の瞳が自分を映してくれる。
この瞳が本当に求めたい相手を想いながら周太は続けた。
「僕ね、お父さんが東大で勉強してたことも、お祖父さんがフランス文学の学者さんだったことも何も知らなかったでしょう?
それでも僕、今は東大で森林学と文学の勉強をさせてもらえてる…この切欠は交番勤務で青木先生の冤罪を晴らしたことだったよね、
お父さんを知ること諦めないで追いかけたら、お父さん達の幸せな時間と大切なものに逢えたんだ…それが僕を幸せに支えてくれてるよ?」
父が英文学に抱いた夢、祖父がフランス文学に生きて学問に懸けた想い。
その全てが自分に学ぶ喜びから生きる意志を贈ってくれる、この幸福に微笑んだ隣で無垢の瞳が笑った。
「だね…俺も雅樹さんを追っかけて山登ってレスキューやって、雅樹さんの風景を全部きっちり見つけないとね?そしたらさ、」
そしたらさ、
そう言いかけて雪白の指そっと双葉を撫でる。
桜色の爪に木洩陽ゆれて若葉と輝く、その煌めきに光一は笑ってくれた。
「いつか俺も雅樹さんと逢えるよね?周太がオヤジさんや祖父さんに逢えたみたいにさ、」
「ん、きっと逢えるよ?」
即答で笑いかけた先、澄んだ瞳に光の欠片が映る。
梢ふる輝きが眼差しに宿らす、その光ひとつ零れて綺麗な笑顔は約束した。
「北鎌尾根、英二と登って来るね?周太に計画書もメールもする、きっちり雅樹さんの時間を見つけてくる、」
笑ってくれる瞳は泣いて、けれど明るい。
前と同じに大らかで前よりも穏やかな眼差しへ周太も笑いかけた。
「ん、気をつけて帰ってきてね…海外の遠征訓練もあるの?」
「遠征は延期になるかもしれないんだよね、英二が昇進しちゃって忙しいからさ?周太こそ元気で帰ってきてよ、」
応えてくれながら「帰ってきて」と心配してくれる。
この心配も全て解かっているからだろう、それでも黙って見つめてくれる想いに約束した。
「ん、僕も無事に帰ってくるね?もっと勉強したいんだ、」
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
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