And harmony of music; there is a dark 陰翳の響き
第72話 処断act.2-side story「陽はまた昇る」
蛍光灯の白い光へファイルを開き、過去へ遡る。
感染防止グローブ嵌めた指先に30年前を捜す書架の陰、ここは入口から死角。
それも経年長い書庫は普通なら誰も来ない、その静謐にページ繰る音だけ幽かに響く。
1983年8月から9月、この2ヶ月間に関わる資料の全てから事実の欠片を探している。
―関連する記事があるはずだ、当時なら、
警視庁第七機動隊第1中隊レンジャー小隊、それが前身だった。
1970年、昭和45年に第七機動隊第1中隊第3小隊がレンジャー小隊に指定。
主務は篭城事件において高所から突入しての犯人制圧、ヘリコプターから降下しての活動、山岳救助。
1972年あさま山荘事件に出動後、レンジャー小隊は機動救助隊も兼務しワールドカップ警備など出動待機も増加。
その対応として2001年レンジャー小隊は4個部隊に拡大し分割、山岳救助レンジャー部隊と銃器対策レンジャー部隊が誕生した。
元は同じレンジャー部隊、だからこそ可能な資料閲覧にページを繰りながら英二は幸運に微笑んだ。
―馨さんが在籍した当時の資料なら見られる、今の銃器対策レンジャーの分は見られなくても、
2001年で分割されるまで一つの小隊だった、だから山岳救助レンジャー部隊所属の自分も閲覧権限がある。
そして馨がレンジャー部隊に所属したのは1983年8月から9月だった、その証言は馨の同期二人から取れている。
あの当時ここに湯原馨という青年は在籍した、その理由と意味は当時の部隊構成から最適だと解かるから傷ましい。
―山岳部と射撃部を掛持ちしたらターゲットにされて当然なんだ、だから晉さんは止めようとしてた、
『馨さんは山岳部と射撃部を掛持ちしてたよ、でも湯原先生には射撃部のことは秘密だったらしい、猛反対されていると言ってな、』
馨の旧友、田嶋教授はそう話してくれた。
当時のレンジャー小隊は銃器対策と山岳救助を兼務する、だから馨の配属は当然だったろう。
たぶん誰もが湯原馨という青年の配属を怪しまない、そして昇進という名の異動も自然に受けとめられた。
その事は警察学校で馨の同期だった安本正明が今年7月に証言してくれている。
『第六機動隊には役付きで異動してる、1983年10月1日付だ。その前は応援派遣の名目で七機を不在にしていた、』
銃器対策レンジャーとSATには創設から今も連携がある。
1977年、警視庁第六機動隊に通称「特科中隊」が非正規部隊として極秘裏に創設。
1980年代初頭から警視庁部隊は「Special Armed Police」特殊武装警察として通称「SAP」と呼称される。
1996年4月1日、警察庁から都道府県警察に「特殊部隊の再編強化について」と「銃器対策部隊の編成について」が通達。
同年5月8日にSAPは公式部隊として強化・再編成「Special Assault Team」通称SATとして警察庁において隊旗授与式が行われた。
そして2000年、第六機動隊から警備部警備第一課に移管されてSATは機動隊から独立した組織となっている。
だから安本が言う通り、馨は第六機動隊に異動したのだろう。
けれど異動後の記録は消えているはず、その証拠を今この資料たちから探したい。
レンジャー小隊当時の資料があるなら馨が在籍し異動した資料もあるはず、その想定にファイルをひっくり返す。
既にデータ化もされているだろう、けれどファイルロックの解除は簡単には出来ない、それなら紙の資料がいちばん良い。
―古い資料なら余程の理由が無ければ誰も見に来ない、だから俺の立場は好都合なんだ、
山岳救助レンジャー第2小隊長のアンザイレンパートナー。
この立場なら古い書類を閲覧しても誰も怪しまない、そして書庫なら「痕跡」は選んでつけられる。
見るべき資料だけに痕跡を残し、見ないはずの資料には痕跡を遺さない、その選択に感染防止グローブも嵌めている。
こうした発想も山岳救助隊に所属して警察医の助手まで務める経験が生んだ、そう想うと「身長制限」すら味方だと思える。
―身長制限が却って良かった、俺がSATには着いていけないことが気づかれずに済むんだ、
周太がSATを志願するなら銃器対策レンジャー部隊を目指す、けれど自分は身長170cm制限を超えて入隊は出来ない。
この身長制限はSAT支援を行う銃器対策レンジャー部隊でも同じだろう、それでも箭野は180cmあった。
あれは異例措置だろう、けれど異例のまま箭野も恐らくSATへ入隊した、その理由を知りたい。
なぜ身長条件を超えても入隊「させたい」のか?
そこにある論拠が周太を捉まえる原点を教えてくれる。
そして馨がターゲットにされた理由も意味も、囚われた手段も証すだろう。
その全てを知るために自分の立場は利用できる、こんな今を一年前の自分は想像していなかった。
山岳救助レンジャーを志望したのは周太の所属に近い為と「山」に憧憬を見た為、それが真相を暴く道になっている。
「…後藤さんと光一のお蔭だな、」
ふっと独り言こぼれて自分の原点を見つめてしまう。
箭野のSAT入隊は異例、それ以上に自分の山岳救助隊配属も異例だった。
登山歴の最初は警察学校の山岳訓練、そんな自分が卒業配置から青梅署に行けるなど本来有得ない。
それでも配置されたのは光一のザイルパートナーに適合する「特殊な適性」が認められ呼ばれたからだった。
―馨さんも箭野さんも特殊な適性が認められたから異例措置が認められたんだ、でも、その尺度と条件は何だ?
自分の異例と重ね考えながら指と視線はファイルを追っていく。
名簿、訓練日誌、成績記録、様々な文書に1983年8月と9月を頭脳へ読みとらす。
そこに記されている一人の青年の記録はどれも優秀で、けれど10月の資料から「湯原馨」は消えた。
「…本当にここに居たんですね、」
そっと微笑んで制服の胸元を握りしめる。
布越し小さな金属は鍵の輪郭ふれさせて消えた名前の名残を伝う。
この鍵の持主は確かにこの場所で生きていた、そして連れ去られた現実に英二はため息吐いた。
―ここに居たっていう事実しかこれじゃ解らない、でも経歴書が無かった、
名簿、訓練日誌、成績記録、どれも他の人員と列記されている。
だから一人だけ名前を削ることは出来ない、そのお蔭で記録は遺される。
けれど経歴書ファイルから「湯原馨」は抜かれていた、それが「極秘」の存在にされたと示す。
―きっとデータファイルの経歴書は改竄されてる、七機から異動した後は、
SATの任務は犯人殺害も辞さない、それは被害者の生命を守る「正義」だろう。
けれど殺害された瞬間に犯人は被害者に変わる、そして狙撃者は殺害犯となる責を負う。
司法の許に履行される犯罪、この責任を不存在にするためSAT隊員は「隠される存在」として極秘裏で護られる。
殺害、その罪を糾弾されない状況を作るなら犯人自体が存在しなければ罪責も無い、国家すら罪に問われない。
“Fantome”
幻、影、怪人、そんな意味のフランス語が警視庁の極秘ファイルに在る。
その名前が示す意味は今ここで見たファイルたちから現実なのだと語られた。
けれど「幻」であるから証拠として糾弾し難い、だから晉も馨も抗えなかった。
―証拠自体が消されて隠されたら実証が難しい、それでも晉さんは祖父を信じて託そうとしたんだ、
祖父は有能で知られる検事だった、だから晉は祖母の顕子に「記録」を送った。
亡妻の従妹、その縁を頼って送った自著は小説の姿に隠した告発だった。
“Confession”
告解、そうフランス語で記した肉筆は告発と懺悔の意志。
それを暴かれたいと願って、けれど告発は気づかれぬまま晉も殺され死んだ。
その死が50年前の真実まで隠蔽させて、そのまま馨は「隠される存在」にされた。
もし30年前“Confession”の意味に祖父が気づいていたら?
そう考えずにいられない、その悔恨はファイルたちの「湯原馨」に灼かれてゆく。
あのとき祖父が知ったなら何を想い何をしたのか、そして馨の運命はどうなったのか?
それを考えるほど自分が今するべき言動に冷徹な思考は廻る、その意識に開扉音が鳴った。
「み・や・た、おシゴトの書類はセレクト出来た?」
軽妙なテノールが笑って書架の涯から覗きこむ。
いつもの飄々とした笑顔にほっと肩から息ぬいて英二は笑った。
「はい、国村さんの仰った通り今年と似た天気図の訓練記録がありました、事情聴取と救助記録もコピー済です、」
「良い資料を見つけてくれたね、ありがとさん、」
愉しげに笑って長身はこちら来てくれる。
その白い手に資料を受けとり視線を奔らせながら、低めたテノールが小さく笑った。
「…コッチも入口を見つけたよ、但し頻繁には通えない、一回こっきりが安全だね、」
入口、その意味にため息そっと吐かれてしまう。
こんなこと出来る上司はそういない、この希少な存在に英二は微笑んだ。
「ありがとう、よく見つかったな、」
「俺って天才だからね、感謝しな?」
さらり笑って悪戯っ子な瞳が笑ってくれる。
その眼差しに信頼を見つめて英二は低めた声で頷いた。
「ほんと感謝するよ…ここの閲覧もありがとう、おかげで良い証拠と足跡が出来たよ、」
本当に良い証拠と足跡が「出来た」だろう。
その感謝と笑いかけながら英二は感染防止用グローブを外し、制服の胸ポケットに仕舞った。
このグローブはまた遣うだろう、そんな予定と計画へ穏やかに微笑んだ隣からテノールが尋ねた。
「そのグローブ、ナンカ細工してあったね?」
「おう、簡単な細工だけどな、」
微笑んで答えた向こう、透明な瞳がすこし細められる。
なにか見透かすような眼差し深み、すぐ光一は低く笑った。
「…ソレ、フェイク指紋が付いてるね?」
フェイク指紋、偽造指紋の作成は指紋認証システムの一般化に対する防御策として使われる。
指がふれた場所は皮脂により指紋を残す、その皮脂に粉類を付着させれば指紋は視覚化される。
これをデジタルカメラで撮影して画像反転させレーザープリンターでOHPシートに出力させて写す。
それに木工用ボンドやグリセリンを調合して塗布、乾いたものを剥がせばフェイク指紋は出来上がる。
どれも現在では身近に入手できる材料、あとは撮影と出力の解像度やボンド等の配合比が適確であればいい。
こうしたフェイク指紋は生体認証システム解除が目的、けれど逆に遣うため製法も変えた事実ごと英二は微笑んだ。
「意外と簡単に作れるな、少しアレンジしたけどさ、」
応え微笑んで、パートナーの瞳が呆れたよう笑いだす。
もうフェイク指紋の利用目的を気付いたのだろう、その推定に訊かれた。
「作るのはオマエなら簡単だろうけどさ、ターゲットの採取をよく出来たね?14年前のなんてさ、」
もう誰の指紋か気付いている。
いつも通り適確な質問に英二は笑いかけた。
「俺にしか触っていない場所があるからな、14年前より後は、」
回答に微笑んで制服の胸元を握り、小さな鍵の輪郭が堅い。
これは家の玄関を開く鍵、そして家のもう一ヶ所を開く唯一の鍵でいる。
この鍵があるからターゲット指紋の採取も出来た、この幸運にテノールが謳うよう言った。
「ここにもファントムは現れたみたいだね、で、ここの鍵を借りに来る誰かサンはファントムに秘密の鍵を盗られて、でも秘密、」
的確に理解している、でも秘密に護ると笑ってくれる。
この信頼があるから自分もここまで辿り着けた、これまでの感謝へと穏やかに笑いかけた。
「隠される存在は隠れた存在にしか暴けない、だろ?」
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
blogramランキング参加中!
にほんブログ村
にほんブログ村
第72話 処断act.2-side story「陽はまた昇る」
蛍光灯の白い光へファイルを開き、過去へ遡る。
感染防止グローブ嵌めた指先に30年前を捜す書架の陰、ここは入口から死角。
それも経年長い書庫は普通なら誰も来ない、その静謐にページ繰る音だけ幽かに響く。
1983年8月から9月、この2ヶ月間に関わる資料の全てから事実の欠片を探している。
―関連する記事があるはずだ、当時なら、
警視庁第七機動隊第1中隊レンジャー小隊、それが前身だった。
1970年、昭和45年に第七機動隊第1中隊第3小隊がレンジャー小隊に指定。
主務は篭城事件において高所から突入しての犯人制圧、ヘリコプターから降下しての活動、山岳救助。
1972年あさま山荘事件に出動後、レンジャー小隊は機動救助隊も兼務しワールドカップ警備など出動待機も増加。
その対応として2001年レンジャー小隊は4個部隊に拡大し分割、山岳救助レンジャー部隊と銃器対策レンジャー部隊が誕生した。
元は同じレンジャー部隊、だからこそ可能な資料閲覧にページを繰りながら英二は幸運に微笑んだ。
―馨さんが在籍した当時の資料なら見られる、今の銃器対策レンジャーの分は見られなくても、
2001年で分割されるまで一つの小隊だった、だから山岳救助レンジャー部隊所属の自分も閲覧権限がある。
そして馨がレンジャー部隊に所属したのは1983年8月から9月だった、その証言は馨の同期二人から取れている。
あの当時ここに湯原馨という青年は在籍した、その理由と意味は当時の部隊構成から最適だと解かるから傷ましい。
―山岳部と射撃部を掛持ちしたらターゲットにされて当然なんだ、だから晉さんは止めようとしてた、
『馨さんは山岳部と射撃部を掛持ちしてたよ、でも湯原先生には射撃部のことは秘密だったらしい、猛反対されていると言ってな、』
馨の旧友、田嶋教授はそう話してくれた。
当時のレンジャー小隊は銃器対策と山岳救助を兼務する、だから馨の配属は当然だったろう。
たぶん誰もが湯原馨という青年の配属を怪しまない、そして昇進という名の異動も自然に受けとめられた。
その事は警察学校で馨の同期だった安本正明が今年7月に証言してくれている。
『第六機動隊には役付きで異動してる、1983年10月1日付だ。その前は応援派遣の名目で七機を不在にしていた、』
銃器対策レンジャーとSATには創設から今も連携がある。
1977年、警視庁第六機動隊に通称「特科中隊」が非正規部隊として極秘裏に創設。
1980年代初頭から警視庁部隊は「Special Armed Police」特殊武装警察として通称「SAP」と呼称される。
1996年4月1日、警察庁から都道府県警察に「特殊部隊の再編強化について」と「銃器対策部隊の編成について」が通達。
同年5月8日にSAPは公式部隊として強化・再編成「Special Assault Team」通称SATとして警察庁において隊旗授与式が行われた。
そして2000年、第六機動隊から警備部警備第一課に移管されてSATは機動隊から独立した組織となっている。
だから安本が言う通り、馨は第六機動隊に異動したのだろう。
けれど異動後の記録は消えているはず、その証拠を今この資料たちから探したい。
レンジャー小隊当時の資料があるなら馨が在籍し異動した資料もあるはず、その想定にファイルをひっくり返す。
既にデータ化もされているだろう、けれどファイルロックの解除は簡単には出来ない、それなら紙の資料がいちばん良い。
―古い資料なら余程の理由が無ければ誰も見に来ない、だから俺の立場は好都合なんだ、
山岳救助レンジャー第2小隊長のアンザイレンパートナー。
この立場なら古い書類を閲覧しても誰も怪しまない、そして書庫なら「痕跡」は選んでつけられる。
見るべき資料だけに痕跡を残し、見ないはずの資料には痕跡を遺さない、その選択に感染防止グローブも嵌めている。
こうした発想も山岳救助隊に所属して警察医の助手まで務める経験が生んだ、そう想うと「身長制限」すら味方だと思える。
―身長制限が却って良かった、俺がSATには着いていけないことが気づかれずに済むんだ、
周太がSATを志願するなら銃器対策レンジャー部隊を目指す、けれど自分は身長170cm制限を超えて入隊は出来ない。
この身長制限はSAT支援を行う銃器対策レンジャー部隊でも同じだろう、それでも箭野は180cmあった。
あれは異例措置だろう、けれど異例のまま箭野も恐らくSATへ入隊した、その理由を知りたい。
なぜ身長条件を超えても入隊「させたい」のか?
そこにある論拠が周太を捉まえる原点を教えてくれる。
そして馨がターゲットにされた理由も意味も、囚われた手段も証すだろう。
その全てを知るために自分の立場は利用できる、こんな今を一年前の自分は想像していなかった。
山岳救助レンジャーを志望したのは周太の所属に近い為と「山」に憧憬を見た為、それが真相を暴く道になっている。
「…後藤さんと光一のお蔭だな、」
ふっと独り言こぼれて自分の原点を見つめてしまう。
箭野のSAT入隊は異例、それ以上に自分の山岳救助隊配属も異例だった。
登山歴の最初は警察学校の山岳訓練、そんな自分が卒業配置から青梅署に行けるなど本来有得ない。
それでも配置されたのは光一のザイルパートナーに適合する「特殊な適性」が認められ呼ばれたからだった。
―馨さんも箭野さんも特殊な適性が認められたから異例措置が認められたんだ、でも、その尺度と条件は何だ?
自分の異例と重ね考えながら指と視線はファイルを追っていく。
名簿、訓練日誌、成績記録、様々な文書に1983年8月と9月を頭脳へ読みとらす。
そこに記されている一人の青年の記録はどれも優秀で、けれど10月の資料から「湯原馨」は消えた。
「…本当にここに居たんですね、」
そっと微笑んで制服の胸元を握りしめる。
布越し小さな金属は鍵の輪郭ふれさせて消えた名前の名残を伝う。
この鍵の持主は確かにこの場所で生きていた、そして連れ去られた現実に英二はため息吐いた。
―ここに居たっていう事実しかこれじゃ解らない、でも経歴書が無かった、
名簿、訓練日誌、成績記録、どれも他の人員と列記されている。
だから一人だけ名前を削ることは出来ない、そのお蔭で記録は遺される。
けれど経歴書ファイルから「湯原馨」は抜かれていた、それが「極秘」の存在にされたと示す。
―きっとデータファイルの経歴書は改竄されてる、七機から異動した後は、
SATの任務は犯人殺害も辞さない、それは被害者の生命を守る「正義」だろう。
けれど殺害された瞬間に犯人は被害者に変わる、そして狙撃者は殺害犯となる責を負う。
司法の許に履行される犯罪、この責任を不存在にするためSAT隊員は「隠される存在」として極秘裏で護られる。
殺害、その罪を糾弾されない状況を作るなら犯人自体が存在しなければ罪責も無い、国家すら罪に問われない。
“Fantome”
幻、影、怪人、そんな意味のフランス語が警視庁の極秘ファイルに在る。
その名前が示す意味は今ここで見たファイルたちから現実なのだと語られた。
けれど「幻」であるから証拠として糾弾し難い、だから晉も馨も抗えなかった。
―証拠自体が消されて隠されたら実証が難しい、それでも晉さんは祖父を信じて託そうとしたんだ、
祖父は有能で知られる検事だった、だから晉は祖母の顕子に「記録」を送った。
亡妻の従妹、その縁を頼って送った自著は小説の姿に隠した告発だった。
“Confession”
告解、そうフランス語で記した肉筆は告発と懺悔の意志。
それを暴かれたいと願って、けれど告発は気づかれぬまま晉も殺され死んだ。
その死が50年前の真実まで隠蔽させて、そのまま馨は「隠される存在」にされた。
もし30年前“Confession”の意味に祖父が気づいていたら?
そう考えずにいられない、その悔恨はファイルたちの「湯原馨」に灼かれてゆく。
あのとき祖父が知ったなら何を想い何をしたのか、そして馨の運命はどうなったのか?
それを考えるほど自分が今するべき言動に冷徹な思考は廻る、その意識に開扉音が鳴った。
「み・や・た、おシゴトの書類はセレクト出来た?」
軽妙なテノールが笑って書架の涯から覗きこむ。
いつもの飄々とした笑顔にほっと肩から息ぬいて英二は笑った。
「はい、国村さんの仰った通り今年と似た天気図の訓練記録がありました、事情聴取と救助記録もコピー済です、」
「良い資料を見つけてくれたね、ありがとさん、」
愉しげに笑って長身はこちら来てくれる。
その白い手に資料を受けとり視線を奔らせながら、低めたテノールが小さく笑った。
「…コッチも入口を見つけたよ、但し頻繁には通えない、一回こっきりが安全だね、」
入口、その意味にため息そっと吐かれてしまう。
こんなこと出来る上司はそういない、この希少な存在に英二は微笑んだ。
「ありがとう、よく見つかったな、」
「俺って天才だからね、感謝しな?」
さらり笑って悪戯っ子な瞳が笑ってくれる。
その眼差しに信頼を見つめて英二は低めた声で頷いた。
「ほんと感謝するよ…ここの閲覧もありがとう、おかげで良い証拠と足跡が出来たよ、」
本当に良い証拠と足跡が「出来た」だろう。
その感謝と笑いかけながら英二は感染防止用グローブを外し、制服の胸ポケットに仕舞った。
このグローブはまた遣うだろう、そんな予定と計画へ穏やかに微笑んだ隣からテノールが尋ねた。
「そのグローブ、ナンカ細工してあったね?」
「おう、簡単な細工だけどな、」
微笑んで答えた向こう、透明な瞳がすこし細められる。
なにか見透かすような眼差し深み、すぐ光一は低く笑った。
「…ソレ、フェイク指紋が付いてるね?」
フェイク指紋、偽造指紋の作成は指紋認証システムの一般化に対する防御策として使われる。
指がふれた場所は皮脂により指紋を残す、その皮脂に粉類を付着させれば指紋は視覚化される。
これをデジタルカメラで撮影して画像反転させレーザープリンターでOHPシートに出力させて写す。
それに木工用ボンドやグリセリンを調合して塗布、乾いたものを剥がせばフェイク指紋は出来上がる。
どれも現在では身近に入手できる材料、あとは撮影と出力の解像度やボンド等の配合比が適確であればいい。
こうしたフェイク指紋は生体認証システム解除が目的、けれど逆に遣うため製法も変えた事実ごと英二は微笑んだ。
「意外と簡単に作れるな、少しアレンジしたけどさ、」
応え微笑んで、パートナーの瞳が呆れたよう笑いだす。
もうフェイク指紋の利用目的を気付いたのだろう、その推定に訊かれた。
「作るのはオマエなら簡単だろうけどさ、ターゲットの採取をよく出来たね?14年前のなんてさ、」
もう誰の指紋か気付いている。
いつも通り適確な質問に英二は笑いかけた。
「俺にしか触っていない場所があるからな、14年前より後は、」
回答に微笑んで制服の胸元を握り、小さな鍵の輪郭が堅い。
これは家の玄関を開く鍵、そして家のもう一ヶ所を開く唯一の鍵でいる。
この鍵があるからターゲット指紋の採取も出来た、この幸運にテノールが謳うよう言った。
「ここにもファントムは現れたみたいだね、で、ここの鍵を借りに来る誰かサンはファントムに秘密の鍵を盗られて、でも秘密、」
的確に理解している、でも秘密に護ると笑ってくれる。
この信頼があるから自分もここまで辿り着けた、これまでの感謝へと穏やかに笑いかけた。
「隠される存在は隠れた存在にしか暴けない、だろ?」
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
blogramランキング参加中!
にほんブログ村
にほんブログ村