Discordant elements, and makes them move 不協和の調和
第72話 初弾act.3―another,side story「陽はまた昇る」
食堂に向きあう制服姿の目線は自分より高い。
こんなこと自分には珍しくない、けれど今いる場所では意外だろう。
それでも場に馴染んだ笑顔は箸を取りながら可笑しそうに言ってくれた。
「湯原、なんで身長180cmの俺がいるんだって考えてるんだろ?」
「はい、箭野さんは意外です、」
素直に頷いた前、シャープな瞳が涼しく笑う。
この笑顔も七機の2ヶ月間で見慣れている、そんな先輩は少し声低め教えてくれた。
「SATの体格条件は身長170cm前後だ、その理由は狭い現場に突入するからだろ?だから現場に踏みこまない任務なら体格は関係ない、」
現場に踏みこまない任務。
その言葉と相手に推定を周太は口にした。
「指揮班に異動されたんですか?」
「ああ、」
微笑んで頷いてくれる、その胸元が視界に映る。
そこにある階級章は真新しい、それから解かる現実へ訊いてみた。
「箭野さん、警部補になられたんですか?」
「うん、今日付でな、」
浅黒い顔はいつものよう端正に笑って、その眼差しは落着いている。
そんな貌に確認したくて一番聴きたいことを問いかけた。
「指揮班は班長が警部で3名構成ですよね、しかも異動と同時に警部補なら責任ある立場だと思います、でも大学は続けられるんですか?」
警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
警視庁警備部警備第一課に所属する特殊部隊は班単位で編成される。
指揮班、制圧班、狙撃班、技術班、その配属は警察学校時代からチェックされた適性に添う。
そして箭野が所属する指揮班は統括指揮、交渉、庶務、装備管理、調整などを担当し責務は重い。
そうした任務をこなしながら大学を続ける事は可能なのだろうか?心配で見つめた真中で笑顔ほころんだ。
「ははっ、ここでその質問してくれるの湯原だけだよ?」
ここはSAT、警察機関で最も厳正な選抜から所属する部隊。
そこでは場違いな質問をしてしまった?そんな気づきに首すじ熱昇ってすぐ頭下げた。
「すみません、差し出がましいことを申し訳ありません、」
「いや、ほんと謝らなくていいぞ?俺としては嬉しいから、」
急いで謝った向こう端正な笑顔は首振ってくれる。
その眼差し愉しげに周太を見、低く透る声は答えてくれた。
「もう4年の後期だから講義数も少ないしな、大学の通学許可が貰えたから入隊テストを承諾したんだ、たぶん学士は取れるだろ、」
学士は、
そんな限定的な答えに溜息こぼれてしまう。
箭野は学士の先も望んでいる、その願いに現実は切ない。
それでも前に話してくれた希望を棄てさせたくなくて周太は言ってみた。
「箭野さん、二部を卒業しても研究は続けたいって仰ってましたよね、東京理科大は専攻科なら夜間で続けられるって…進学しないんですか?」
「したいな、出来るなら、」
微笑んで即答して、けれど眼差しが少し寂しい。
まだ可能性が見えない寂しさ、そんな空気を見て取って切なくなる。
―箭野さんは本当は大学に行きたかったのに家の事情で警察官になって、それでも夜学で学士を取って…お父さんと似てる、
学びたくて努力して、けれど学ぶ機会を掴めない。
それは留学を諦め警察官になった父と似ていて、鼓動が軋む。
いま箭野を通して29年前の父と向かいあう、そんな想いが声になった。
「箭野さんまで諦めないで下さい、僕の父と同じことにはならないで下さい、」
声になった想いに食卓の先、シャープな瞳が見つめてくれる。
いつものよう落着きながら眼差しは少し驚いて、低めた声で訊いてくれた。
「湯原のお父さん、殉職されたって聴いたけど…勉強しながら勤めていたのか?」
「はい…異動するまでは、」
そっと答えて、箭野の瞳が息を呑むよう止まる。
いま様々な想いが廻ってしまう、そんな瞳へ穏やかに周太は笑いかけた。
「僕の父は大学卒業後に留学が決っていたんです、でも祖父が亡くなって辞退しました…それで警察官になって、でも諦めていませんでした。
だけど異動が決まった時に研究のための本を母校に寄贈してしまったんです、もう自分は学問の世界には戻れないから役立てて欲しいと言って、」
警察関係者にこの事を話すのは、英二と光一以外では初めてになる。
これは警察では安易に話してはいけないだろう、そう解かるから尚更に箭野は知ってほしい。
そう願うほど箭野の想いは父と似ていて、だからこそ諦めないでほしい瞳は涼やかに笑ってくれた。
「湯原のお父さんの分も俺、諦めたら駄目だな?なんとか専攻科も進めるよう考えてみるよ、湯原も研究生を続けるんだろ?」
「はい、僕も大学は辞めません、」
即答で笑った真中で端正な笑顔が明るます。
まだ諦めない、そんな希望の映りこんだ眼差しに父を想ってしまう。
もし29年前に父の背中を支えてくれる人が居たのなら?そう考えずにいられない。
―田嶋先生は引留めようとしてくれたんだ、でもお父さんは…同じ部署の人が意見してくれてたら違う結果だったかもしれない、
どんなに願う夢であっても誰もが不要と言えば自信が揺らぐ、それは仕方ない。
しかも不器用なほど生真面目な父では警察内部で賛同も無く職務と学問を両立させる事は困難だろう。
それでも、たとえ一人でも父を理解し協力してくれる者が職場に居てくれたなら諦めずに済んだ。
そう考えてしまうから箭野を支えていたい、そんな願いの向こうから尋ねてくれた。
「でも俺は湯原の方が意外だぞ、狙撃チームだろ?」
意外、そう言ってくれる事が嬉しい。
自分を理解してくれる人なら「意外」そんな箭野は笑ってくれた。
「湯原は射撃の技術なら適性トップだ、集中力もある。でも狙撃手の適性は孤独でニヒルなタイプだから性格が合わないなって思ってさ?
だから交渉チームか解体処理のチームだろうって俺は思ってたよ、湯原なら犯人も刺激しないで説得出来るだろうし銃器の分解も得意だしな、」
2ヶ月、実質1ヶ月半を箭野は見てくれていた。
それが解かるから嬉しくて、すこし気恥ずかしい想いごと周太は笑いかけた。
「僕、初任科教養の時はちょっと今と違ってたんです、壁を作っていて頑なで…でも同期に仲良くしてもらえて今みたいになれました、」
周りと自分は違う、その「特別」に傷つくことが怖くて壁に籠っていた。
それでも壁を壊してくれた人が居る、その俤に微笑んだ前から先輩が笑った。
「それが宮田さんなんだ?」
もう解っちゃうんだ?
箭野と英二が顔を合わせていたのは2週間程度、それなのに見抜かれている。
恥ずかしいまま首すじ熱くなりだす、もう赤いだろう頬に掌あてながら訊いてみた。
「あの…どうして箭野さんそうおもったんですか?」
「うん、なんとなく雰囲気が似てるとこあったから?」
低い響く声が微笑んでくれる、その言葉に数日前が起きてしまう。
懐かしい家で一緒に過ごした時間が愛しくて、愛しい分だけ事実が映りこむ。
―僕と英二は血が繋がってる、だからお父さんと英二は似ていて…だから英二は隠したがってる、
血縁関係を隠して何をするつもりなのか?
その断片は去年の冬には始まっていた、そして終わっていない。
『周太、たしかに俺は嘘吐きな男だよ?』
そんな言葉と微笑んだ貌は「これから」だと告げていた。
笑顔は穏やかなまま静かに綺麗で、だからこそ本気なのだと解ってしまう。
これから何を起こすのか?気遣わしくて箸止まりそうになる前、先輩は微笑んだ。
「湯原は黒木さんと話せてたろ、あのひと少し気難しいのに。湯原なら狙撃チームのヤツとも上手くやってけると思う、」
山岳救助レンジャー第2小隊に所属する黒木は幾らか気難しい。
けれど自分には気難しいと想えなかった、それは以前の自分と似ている所為かもしれない。
こんなふうに認められるのは素顔でいるお蔭だろうか?そんな想い微笑んだ食堂の窓、もう桜の葉色は移ろう。
扉が開かれ、入った事務室は制服姿がパソコンに向かう。
並んだ書棚にも立ち動く姿は無駄が無い、そんな職場を示しながら担当官は説明する。
「データ整理から事例のシュミレーションをする、事件解決の効率化と精度を上げることが目的だ。分析をすることは判断基準を整備する、
この作業はパターン化による合理化はもちろん個人の分析力を養うことになる、それを日常的に行うことで現場の冷静な判断力が出来上がる、」
SATは射撃など術科の身体能力はもちろん頭脳適性も求められる。
それは入隊テストの座学や試験にも試された、その現場に今こうして立っている。
―ただ銃が撃てれば良いわけじゃない、戦術眼も求められるって言ってるんだ、
行動選択を適確にする判断力をデータ分析から養う。
そんな意図を見つめながら机間を歩いてゆく先、空席のデスクが目に映る。
あの席が自分の場所になるのだろうか?そんな予想通りのまま脚は止められた。
「湯原、ここが君の席だ、」
示された席に立ち、見つめてしまう。
警視庁警備部警備第1課、この場所で父も14年前まで生きていた。
―この部屋にある席のどこかに座っていたんだ、お父さんも…あの日もここから御苑に行って、
あの日この場所から父は制服姿で出立した。
夜には戻る予定だったろう、それから家に帰ってくる約束だった。
けれど父は戻れず死んだ、そして途絶えた軌跡の場所に今こうして自分が立っている。
―お父さん、あの頃と今と同じ風景?
心呼びかけて机そっとふれる、その指先から実感が昇らす。
ここに座る時間に父の欠片は幾つ拾えるだろう?そんな想いに担当官が告げた。
「狙撃チームは二人一組で行動する、湯原のパートナーは彼だ。伊達、」
担当官の呼びかけに隣席から横顔ふりむく。
制服姿は端正に立ち上がり、鋭利な眼差しが周太に名乗った。
「伊達東吾です、」
浅黒い精悍な貌は瞳が強い、その強靭は聡明に真直ぐ鋭くて、けれど哀しい。
(to be gcontinued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
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