The thoughts and feelings which have been infused 望、満つる前
第72話 処断act.5-side story「陽はまた昇る」
月仰ぐ屋上の2コール、左耳で通話に切り替わる。
その逆、右耳のイヤホンで布ずれ聞えながら電話の声が微笑んだ。
「こんばんわ、今日もお疲れさま…電話ありがとう、」
穏やかな声が左から笑いかけ、すぐ右から小さな咳かすかに響く。
咳き込むことを隠そうとする、その配慮に鼓動そっと刺されながら英二は笑った。
「周太こそ電話出てくれてありがとう、初日お疲れさま、」
初日、
この言葉に右耳へ、イヤホンの溜息ひっそり聴こえる。
こんな質問は意地悪だろう、そんな自覚に笑いかけた。
「先輩とは仲良く出来そう?」
「ん…そうだね、」
そっと頷いて微笑んでくれるトーンが、ひそやかに途惑う。
もう今は課されてしまった守秘義務、そんな現実が屋上からの夜景にじみだす。
ふたり数日前に約束した、それでも隔てられる理由を自分は証拠ごと知っている。
警視庁警備部警備第一課 Special Assault Team 警視庁特殊急襲部隊狙撃班
そこに周太は配属された、けれど人事ファイルから湯原周太巡査の履歴は見られない。
それでも自分は抹消データの所在もファイル名もパスワードも全てを知り手に入れた。
全て知っている、だからこそ途惑う理由も配慮も見つめて穏やかに笑いかけた。
「周太、今日は飯、何食った?」
「朝はパンとココアだよ?お昼は…焼魚の定食でね、夜は昨夜しといた肉じゃが、」
穏やかな声の答えにも守秘義務の壁が遮らす。
朝と夜は単身寮で独り、けれど昼食は職場に立っている秘密が鎖す。
他愛ない会話、それすら自由を奪われる現実ごとカットソーの胸もと握り、けれど笑った。
「周太の肉じゃが食いたいな、こんど食べさせてよ?」
お願い、約束を聴かせて欲しい。
約束しても「こんど」の日付なんて訊かないから頷いて欲しい。
ただ約束をくれる想いがあるなら今は幸せだと笑う、だから手料理を約束してほしい。
―約束してよ周太、また俺に飯作りたいって想って、生きてよ?
未来に願いを想ってほしい、そして生き抜く覚悟に笑って?
そんな願いごと握りしめるカットソーごし鍵の輪郭と、もうひとつ掌くるむ。
やわらかな布と薄いカード、それから硬い長方形に祈った向こう優しい声は微笑んだ。
「ん、また肉じゃがしてあげるね?…最初に作ったの、いつだったか憶えてる?」
ほら、約束してくれた。
約束は嬉しくて、そして質問に心が鼓動する。
こんな質問は嬉しくて幸せなまま笑いかけた。
「周太の誕生日の昼飯だよ、俺、七杯は食べたよな?」
「ん、あのとき俺ね、五合炊いて…次からもっと炊こうって決めたんだ、」
微笑んだ声が嬉しそうに去年の秋を笑ってくれる。
いま十月、もう11ヶ月前になる時間は今もまだ温かい。
この温もり握りしめた右手の想いに周太は言ってくれた。
「あのときより美味しい肉じゃが作ってあげる、だから…信じて待っててね、」
そんな約束をくれるのは、なぜ?
そう訊きたい、けれど今は答えてもらえないだろう。
いま周太は名前ひとつ呼んでくれない、その理由が解かるから微笑んだ。
「うん、待ってるな?周太、もう寝るとこ?」
「ん、すこし…本読んだら、」
また言葉を止め、呑みこんで答える。
その小さな沈黙に何を読むのか見つめながら笑いかけた。
「あまり無理するなよ、体よく休めてくれな?おやすみ周太、」
本当に無理しないでほしい、体を休めてほしい。
そんな願いに夜風が洗い髪を梳く向こう大好きな声は微笑んだ。
「ん、ありがとう…おやすみなさい、また明日ね、」
また明日、
明日、この言葉に喜びと現実が自分を見つめる。
きっと明日は分岐点と鍵を示す、そんな想い電話を切るとテノールが微笑んだ。
「周太、とりあえず元気そうだね?」
「ああ、」
頷いて振り向いた先、イヤホンした雪白の貌が静かに明るい。
ひるがえす黒髪は夜に融けてカットソーの白に映える、その微笑に笑いかけた。
「今日と明日のことだろ?」
「だね、」
さらり肯定して壁際、そっと翳へ長身を融けこます。
いま他に無人の屋上、その陰翳に向きあって口を開いた。
「今日は勝手してごめんな、でもマークを完全に外せると思う。俺にも証拠が出来たし、」
あの男に盲点をつくる、そのため自分は今日と明日を決めた。
この決定に微笑んだ薄闇のなか透明な瞳が微笑んだ。
「ヒミツの休憩場所をアリバイ工作に遣っちゃうなんてさ、黒木も予想外だったろね?」
「本当に俺は書類チェックしていましたよ、国村小隊長?」
笑って応えながら右手はカットソーの胸もと握りこむ。
そんな仕草に真直ぐな視線が英二を見、問いかけた。
「明日は広報が俺たちの御付だね、だから今日のタイミングでヤったワケ?」
ほら、適確な質問が自分を見つめてくれる。
いつもながらの理解に陰翳を透かし笑いかけた。
「証人は多い方が信憑性は増す、だろ?」
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】
にほんブログ村
にほんブログ村
blogramランキング参加中!