学年だより「クロエの流儀」
混雑した電車の中。シートにはちょい悪ふうの男が足を組んで座っている。
向かい側には、女子高校生がつり革につかまって立つ。髪がブロンドなのは、今時のJKか…、いや目は青く、明らかに外国人の顔立ちだ。
チャララン、チャララン。ちょい悪男の携帯が鳴る。
「はい、どうした? ああ、それでいい、全く…」と普通に会話をして電話を切る男。
礼儀をわきまえない日本人と思われないだろうか。ほんとうは注意した方がいいのかも…。
チャララン、チャララン。再び携帯が鳴る。
「はい、そっちでいいって。ああ? だからぁ…」
「だまれ」JKが声を発した。
「通話がうるさい訳ではないが、許されてるつもりのキサマがムカツク。あと、混んだ車内で足を組むな。ジャマだ。明日から、玄関出る時に、まず脳ミソのマナーモードをオンにしておけ、フトドキモノ。」 (今井大輔『クロエの流儀』ニチブンコミック)
この女子高校生は、まるでサムライ…。
もちろんサムライではなく、ある都立高校に通うフランス国籍の女の子だった。名前はクロエ。
日本文化に憧れる父親の影響で、幼い頃から日本の時代劇ばかり見せられ、それで日本語をおぼえた。その父は、日本へのあこがれが高じて娘とともに来日し(母親がどういう状況なのかはわからない)、古い民家を借りてフランス料理店を営んでいる。
クロエが愛するのは「木枯らし紋次郎」、見た目はモデルと見まごうような美少女だが、言葉遣いが昔風という、ギャップ萌え的キャラだ。
ホームで電車を待つクロエに、一人の男の子がぶつかってくる。
ゲームに夢中になり、前を見てなかったからだ。何も言わずに立ち去ろうとするその子の頭をつかまえ、クロエは膝をかがめて、諭す。
「ぶつかったら謝れ。…それから、謝らなくてもいいように気をつけておけ」
思わず「ごめんなさい」と漏らす男の子にやさしい目を向けるクロエ。
そこへ母親がかけこんでくる。「ちょっと! 何してんの? 子どもが怖がってるでしょ!」
「ヒロくん、だいじょうぶ、頭つかまれてなかった?」
クロエが立ち上がる。
「子どもの足を引っ張って、成長止めるな、愚か者。かわいい者を厳しくしかり躾けるのは、怖くて辛いか? だったらなおさら、その怖くて辛い言葉を、お前より愛情のない他人の口から浴びさせるな。お前の子どもは、お前の想定よりはるかに成長できる。そのことゆめゆめ忘れるな」
1月。街を歩いていると、紋付き羽織姿の若者グループにナンパされる。
「うわっ、かわいい。日本語しゃべれる? 飲みにいこーよ。俺たち成人式だったんだよ。一緒にお祝いしてよ」
「脳ミソの成人式はまだか? ミジュクモノ。歩道で横に広がるな、ゴミをその辺に置くな、自分たちのことしか見えておらん路上でのふるまいが、五歳児のそれとなんら変わらぬ。何十年生きようとも、自覚せぬ限り、一生オトナになど成れはせん。二十歳で自動的に大人に成れるのではない。二十年生きたら大人に成れと社会は言っておるのだ。オロカモノ!」