書評、その他
Future Watch 書評、その他
天空の蜂 東野圭吾
著者の15年くらい前の作品なのだが、なぜか本屋さんで平積みになっていた。奥付をみると、54刷となっていて、何かの事情があって再注目されているらしい。帯の謳い文句をみると、原子力発電所を舞台にしたサスペンスものということなので、あるいは、現在の「原発問題」にからめて出版元か本屋さんのどちらかが仕掛けているのかもしれない。一方、題名からすると、あのアガサ・クリスティの名作「大空の死」を想起させるので、何となく敬遠したい感じだったが、最近読んだ書評誌の「東野圭吾の読むべき10冊」にも本書がしっかり入っている。そうした経緯があって、何かに乗せられているような気もしたが、とにかく読んでみることにした。読んでみて思ったことは、原子力発電所の安全性や問題点について、おそらく書かれた当時としてはかなり画期的な問題提起が含まれた作品だったのだろうということだ。書かれた後の15年にその点に関してどのような技術進歩があったのか、あるいはどのような議論がなされたのかは詳しく判らないが、既に15年も前にこのような小説が書かれていたということ自体に驚かされた。また、本書が刊行された当時、どの程度の反響があったのか判らないが、私の記憶にないということは非常に大きな反響を巻き起こしたということではなかったと思う。これがミステリー作家ではなく、社会派の小説家によって書かれたものであったとしたらもっと大きな反響を読んでいたのではないか。特に原子力発電所がテロの脅威にさらされた時、「慌てて避難誘導することは『テロにも安全』と宣伝してきたことと矛盾する」といって関係者が逡巡するあたりは、本当に鋭いところを突いているなと感じた。緻密な構成と息をつかせないサスペンスは、そうした社会問題抜きにしても十分傑作と言える内容で、書評誌が彼の代表作の1つとしてあげている点も、大いに頷ける気がした。(「天空の蜂」 東野圭吾、講談社文庫)