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世界はなぜ地獄になるのか 橘玲
世界のリベラル化がもたらすキャンセルカルチャー、ポリティカルコレクトネスなどの世相を論じた一冊。著者のいうリベラルとは「自分らしく生きる」ということだが、物質文明が豊かになる中、知識社会化、グローバル化、リベラル化が進展することによって必然的に格差の拡大、社会の複雑化、個々人の孤独、アイデンティティ同士の衝突などが深刻化するという。知識社会の成熟はそれに対する適応力の違いによって格差を生み出す。一方、グローバル化やSNSの進展が多様な他者と向き合うことを強要する。そうした変化のなかで他者が自分らしく生きることを尊重しつつ自分も自分らしく生きるという主張を続けるためには、必然的に個々人の孤独感とアイデンティティの衝突が生じてしまうという論法だ。人種問題にしても個々人を尊重するリベラルの立場を貫けば、有色人種と白人の対立といった単純構造ではなく、アジア人、さらには多様な民族、それに歴史的な来歴やこれまでの扱われ方なども含めた無数の立場を尊重しなければならないという混乱に陥るということだ。またLGBTの問題についても、生物学的な雌雄、自分がどう認識しているか、それに対してどのような行動を取ったか、性的指向などいくつもの分類を考えると、それら全ての人の自由を尊重しつつ全員にとって望ましいルールを見つけることはとてつもなく困難だ。そうした混乱から現代人は抜け出すことが出来ず、ただ地雷を踏まないように心をすり減らしながら生きていくしかない。これを著者は「地獄」と表現する。ここから抜け出すには、環境破壊などを契機として物質文明が逆回転し、そんな悠長なことを言ってられないという状況になるまで放置するか、その地獄から抜け出すために自分らしさの絶対視を放棄して厳しいルールや行動制限を甘受したり表現の自由を諦めるか、いずれにしても考えれば考えるほど暗澹たる気持ちになる問題点を指摘してくれた一冊だった。(「世界はなぜ地獄になるのか」 橘玲、小学館新書)
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