書評、その他
Future Watch 書評、その他
京都ぎらい 井上章一
最初の数ページに書かれた著者自身の体験談を読んで、この本はただの本ではない予感がしたのだが、読み終えてみてやはりただの京都薀蓄本ではなかった。「洛中洛外」という言葉は知っていたが、そこに込められた京都の人たちの思いや、嵯峨や宇治の人たちの屈折した感情にはびっくりさせられたし、京都のコンサートホールの話、「金銀苔石」の話など、驚きの連続だ。その地方地方には、外から見るとほとんど一緒に思えるのだが、そこに住む人々にとっては全く違うというものがある。昔名古屋に住んでいた頃、名古屋の人が尾張と三河は全く違う文化だと言っているのを聞いて苦笑いした記憶があるが、それも似たようなものだろう。私が今住んでいる横浜という土地も、東京と一緒にされるのを忌み嫌う一方で、外人にどこに住んでいるのか聞かれると、判りやすいように「東京」と答えてしまうことがある。本当の浜っ子は絶対にそんなことはしないだろう。人と土地のつながりはいつの時代になっても重要だ。本書を読んでいると、子供の時に育った土地というものが、その人にとっては、いくつになっても重要なんだということがよく判る。それにしても最後の「あとがき」がしゃれている。このあとがきを受けて、本文の方を読み返してみて、なるほどそうきましたか」と。最後の1ページまで面白かった。(「京都ぎらい」 井上章一、朝日新書)
スープ屋しずくの謎解き朝ごはん2 友井羊
シリーズ2作目。第1作目の内容ははっきりとは覚えていないのだが、お仕事ミステリーの典型のような作品で、何となく面白かったのは記憶している。お仕事ミステリーのポイントは、その分野に関する薀蓄とミステリーの部分がしっかり関連性を持っているかどうかだと思うが、第1作目はそれがちゃんとしていたからだろう。第2作目の本書も、短編4つのうちの最後の作目などはその点がしっかりして大いに楽しめた。(「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん2」 友井羊、宝島社文庫)
こぐこぐ自転車 伊藤礼
2年くらい前の書評で絶賛されていたのを覚えていて、ある本屋さんで偶々見かけたので読んでみることにした。本書を少し読み始めて、この著者は只者ではないなと感じた。ネットで調べてみると、小説家「伊藤整」の息子とある。伊藤整の小説や翻訳本を読んだことがないので、有名な小説家の家で育ったことと関係があるのかどうかはっきりしたことは言えないが、著者の言葉の使い方、非常にリラックスした奇を衒うところのない文体、ほのかに漂うユーモアなどは、まさに絶品という感じがする。月並みな表現だが、なんだか自分も自転車を趣味にしてみたくなったし、少なくとも何か老後に打ち込めることを探してみたくなってしまった。(「こぐこぐ自転車」 伊藤礼、平凡社)
幹事のアッコちゃん 柚木麻子
シリーズの第3作目。本屋さんで見つけた時は、「待ってました」と思わず心の中でつぶやいていた。題名も「そう来たか」という感じだ。この題名だと、前の2作とたぶん同じテンションだろうなと判るので安心して読むことができる。シリーズ作品が進むにつれて、主人公自身の立場や物語への関わり方も変化していく感じだが、テンションの高さは相変わらずだし、おせっかい度は最初の作品に戻ったようで、シリーズのファンとしてはそれもうれしい。この間の直木賞の発表で著者が受賞を逃した時は「残念」と思ったが、最近芥川賞直木賞の世間の注目度が高まっているので、そうしたタイミングで受賞する方がラッキーだろうし、ぜひそうあってもらいたいと思う。(「幹事のアッコちゃん」 柚木麻子、双葉社)
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