よく左傾と思しき人が、少し拳を振り上げたような格好でこう言う。「それは看過できない!」と。「見過ごすことができない」なら、お前は何かするのかという追及を避けるために使っているのだろう。近頃では、安住国会談合班長の常套句である。
そこいら中、猫も杓子も、日常の挨拶の如く頻繁に使われているのが「懸念」だ。先日どこかの民放で「懸念度」というパーセントを出したのには閉口した。
「懸念」「遺憾」「宸襟」とくれば、皇室が責任逃れで漢語を多用した戦前回帰の現象だろう。
最近特に、耳からこぼれ、歯で噛むにもこぼれてしまう言葉に「権威主義」というのがある。プーチンを、金正恩を、習近平を「権威主義者」と呼ぶのだろうか。「独裁者」あるいは「専制君主」というべきあろう。
近頃、はっきりと愚かな人間を明確にそういう言葉で表現した学者がキャンパス内で襲われた。その襲撃者は、どのような人物かまだ分からないが、ともかく、戦前の此の国のテロの時代を彷彿とさせ、そして、テロに依って軍部独裁を進めて行った過去に向き合っていないこの国の近現代史からの逃避が、またぞろ、何かを育み出していないだろうか。
テレビに統合幕僚長とかいう変な戦争屋が普通に学識経験者のような顔して出てくる。なんか、訳の分からない破滅の方向どんどん進むようなのが恐い。
黄昏時の空