「カワシマ家は和歌山の名門家庭です。元々質実剛健の家柄でキコ嬢の
父上は学習院大学の教授でいらして、質素倹約を絵に描いたような方です。
人柄も教養も申し分ありません。また母方の祖母は会津藩士の子孫でして
そういった意味でも真面目一方の家といえます」
「キコさんの成績は中の上かそれ以上です。
小さい頃にドイツに住んでいたので、小学校で学習院に転校して来た時は
日本語が不自由な部分もありましたが、今は完璧に日本語、英語、ドイツ語を
話します。福祉に興味があるので児童心理士になる為に大学院へ進学を予定
しています。性格は明るく前向きでおっとりしています。座右の銘が「オールウエイズ
スマイル」これはお父様からの教えだそうで、いつお会いしてもにこやかに笑って
決して不快な態度はしない方です。
アヤノミヤ様は本当にいい方をお選びになりました」
二つの報告書を前に皇后はため息をついた。
いわゆる「学者」家系で家柄としては問題なし。けれど、皇室に嫁ぐだけの
財力はないのではないか?
アヤノミヤが一般家庭から妃を迎えようとする考えを持っている事はいい。
でも、なぜ学習院?しかも、小学校の時から学習院育ちで親も学習院なら
弟もそう・・・
皇后は学習院育ちではない。ゆえに、その同窓会組織である常盤会からは
いつも阻害されてきた。
偏差値からいえば聖心の方が上だったと自負もあるけど、「学習院にあらずば
皇族にあらず」のような考えを押し付けられてきた身としては、決していい感情を
持っているわけではない。
松平信子・・・・かつての常盤会会長が執拗に自分の入内に反対した事実もある。
常盤会としては皇太子妃を聖心女子に奪われての恨みがあるだろうし。
何が何でも今回は学習院からと思っているに違いない。
それゆえの報告書なのでは?
とはいえ・・キコ嬢にとりたてて欠点がみつからないのも事実。
以前、何度か東宮御所を訪ねて来た時もあかるく挨拶をする、いい娘だった。
その「完璧な笑顔」がまたちょっと腹が立つというのは姑根性か。
皇后は、かつ皇太后が自分に抱いた感情と同じものを持っている事に気づいて
いなかった。
私は皇太后様とは違う。息子が選んだ人ならちゃんと認めるし彼女が皇室で
苦労しないように支えてあげる。嫁と姑の確執なんてこの時代にはなくすのだ。
けれど、どうしてキコ嬢には自然と厳しい目を向けてしまうのだろうか。
だったらアヤノミヤの妃には誰がふさわしいというのか?
旧皇族・旧華族を否定して生きてきた自分。
しかし、最近になってそれらのネットワークが皇室にとってとても大事だったのでは
ないかと思い始めている。
先帝が生きていた頃には感じなかった孤独感が今の皇室にはある。
そう。
先帝陛下はあらゆるものから自分達を守っていて下さったのだ。
私達が孤独を感じないように、陛下は旧皇族や旧華族ら皇室の藩屏との
繋がりを大事にしていた。それは皇太后も同じ。
今、天皇と皇后は民主主義時代の象徴として孤高の存在になりつつある。
一旦敵に回した彼らを引き戻す事は容易ではないし。
天皇もそれはわかっているのか、皇太子妃には皇太后の実家から選ぼうと
思っているらしい。
自分よりも血筋のいい嫁。
皇后を傷つけまいとして、天皇はまだ言葉に出してはいないけど、彼女にはわかった。
天皇もまた孤独をかみ締めているのだと。
生まれも育ちも皇族の天皇が孤独を感じる程に、隔絶してしまったのだろうか。
だとしたら今、ここで民間妃を娶っていいのだろうか?
ドアがノックされて女官が入ってきた。
「チチブノミヤ妃殿下の老女よりのお伝えでございます。チチブノミヤ妃殿下に
おかせられましては皇后陛下のご都合のよろしい時に御所に参内し
お目にかかりたいと。なんとお返事をいたしましょうか?」
チチブノミヤ妃?
かつて「セツ君」と呼ばれていた彼女も時代が変わり、年老いて随分おとなしく
なったものだけど。
でもわざわざ来たいというのはどうして?
「いつでもよろしい時に。こちから伺いましょうかとお伝えして」
皇后はそう答えた。
アヤノミヤの結婚の話を聞きつけたのか?
それともなかなか決まらない皇太子の結婚の話か?
全然わからない。
皇后は大きく息を吸い込んだ。
とりあえず会わなくては。
何を言われてもにこやかに受け流す方法を皇后は長い皇室生活の中で
学んでいた。今更自分に何を言っても皇太子妃の時代とは違う。
それはセツ君もわかっているだろう。
何も恐れることはないのだ。
数日後、チチブノミヤ妃は清楚な装いでやってきた。
部屋に入るときに少しよろめいたので、思わず手を貸した。
「ありがとう」
セツ君は小さな声で答えた。
ああ・・・本当に時代は変わったのだった。