多分、日本人だけでなく世界中の人にとって「アナスタシア」という名前は、ロマンを持って語られ、「生きていたかもしれないロマノフ王朝の姫」として心に残っているでしょう。
小さい頃から、王朝系の写真集とかドキュメンタリーが好きだった私にとって、ロマノフ王朝はとても魅力的でしたし、中でも革命によって一家が虐殺された歴史は衝撃的でした。
後に、「偽アナスタシア」が何人も出て、もしやこれ・・・って思うものもあったようですが、1991年に遺骨が発見され生存者は誰もいなかった事が証明されました。
また、ロシア政府が初めて王室一家の虐殺に謝罪したのも印象的でした。
そして、ディスニーのアニメで「アナスタシア」を見たのですが、その時はあまり面白いと思わなかったのです。
なぜなら、アメリカが描く「王室」があまりにも軽く扱われているような気がしてしょうがなかったからです。
もし、本当にアナスタシアが生きていたら庶民と結婚するだろうか?とか、自由を得て幸せと思うだろうかとかね。色々考えてしまって。
ゆえに、今回のミュージカルもあまり期待していなかったのですが、実際に見てみると一時コロナ禍であることを忘れてしまう程に夢の世界に浸らせてくれました。
作者が2020年3月にコロナで亡くなった事には衝撃を受けましたし、心からご冥福をお祈りします。もし、彼が宝塚版を見ることが出来たらブロードウェイにはない華やかさと「皇室」というものの重厚さをより確認し、感動したろうと思うのです。
「アナスタシア」は平たんなドラマです。
帝政ロシア末期の思い出、革命後、生き残っていたアナスタシアが詐欺師のディミトリに出会って「偽アナスタシア」に仕立てられていく、ロシアを出る。ここまでが1幕で2幕目はフランスに到着しておばあ様に出会い、認められ・・・でも結果的にはただのアーニャとしてディミトリの元に帰るというだけ。
どこにも山場がなく、大したドラマもないのです。
それなのになぜか全編集中してみることが出来るのは、楽曲の素晴らしさが1番。映像美の素晴らしさが2番という事でしょうか。
ブロードウェイ版よりも豪華な衣装や登場人物がやや多めという所がさらに、観客を飽きさせないのかもしれません。
パンフレットで見るブロードウェイ版は結構暗い話っぽいですけど、宝塚版はパステルカラーや星が飛び散ってそのきらめきに観客が酔うというような仕掛けになっています。
はっきり言って、こんなに映像美を見せられたら大道具さんの立つ瀬がないんじゃないか?と思う程でした。
元々は小劇場向きの作品で舞台を狭く使っており、登場人物も少ない。
宝塚のピラミッド型に合わせるのは本当に大変だったと思うし、主要メンバー以外はほとんど出てこないので、コロナ禍にふさわしいと言えばふさわしかったかな。
1幕目のロシア編では雪の美しさが強調されています。
朝夏まなとの「神々の土地」のセットも冬の美しさが強調されていましたが、大道具の頑張りと、映像美の対局って感じで二つの作品を見比べてみるのもいいんじゃないでしょうか?
宝塚的な作りとしては「神々の土地」にはかなわないですが、ロシア脱出の列車が森を抜けていく様は本当に美しく、近い場所からでも二階の後方からでもはっきり見える景色で引き込まれます。
ただ、配信とか映画でこの映像美を堪能できるかどうかは・・・わかりません。
2幕目の見どころは、オペラ座のバレエのシーンではないでしょうか。
我が家の姫が言ってた事なのですが
「私、バレエってちゃんと見たことない。白鳥の湖がどんなバレエなのかわからない。だから「カンパニー」の時は楽しみにしてたのにバレエのシーンがほとんどなかった。だから宙組で白鳥の湖をちゃんと見て、初めてすごいと思った」
その気持ちわかるなあと思いました。
舞台が小さいとはいえ、王子とオデットとロットバルトが出てくるなんて。それを観客として堪能して、お辞儀されて拍手して。宝塚が二度おいしいみたいな感じでしょうか?
勿論、この時のアナスタシアのブルーベルベッドのドレスは素晴らしいです。肩の所が真珠になっていて、私の大好きなデザイン。ああ、これを眞子さまに着せたい・・・
ラストの赤いドレスはまさに「ローブ・デコルテ」そのもので、これは佳子様に。
ゴージャスなティアラが照明でキラキラ・・本当にキラキラ光っている様が夢の洋でした。女の子の憧れが全部詰まっているような感じで、最初から最後まで夢の世界でした。
宝塚とディズニーは最強なんだなあと。
ただ、その分、それぞれの人物をきっちり描いていたかと言われたら、それは違います。特にグレブが割を食ったというか、悲壮な過去を持って父親のようになりたいと思いつつ、パリまでアナスタシアを追いかけて行って「え?殺さないの?」みたいな。
無理無理グレブという存在を入れて「対立の関係」を作りだしただけだったのかなと。
楽曲がよいだけに残念でした。
またマリア皇太后も、もう少し出番を増やして孫の存在を信じたり信じなかったりという葛藤を描いてくれたらもっと泣けたのになあと。
ラストはブロードウェイによくある「前向きなヒロインは、時代遅れの皇室から飛び出して自由な少女になりました」的な結末で、長年探してきたマリア皇太后の豹変に戸惑ってしいました。
ディミトリはいい人だったけど、あの二人、これからどうやって暮らすの?あのドレスとティアラをお金に換えて正業につくのか・・とか、ああ、本当に歳をとると余計なことを考えてしまって嫌ですね。
出演者について
真風涼帆・・・ディミトリ。やっとトップとして風格が出て来たというか、幅が広がって来たのかと思います。相変わらず声域は狭いけど声が続くようになったなあと。役柄としては「神々の土地」と同じようですね。星風まどかとの関係もあっちとおんなじ感じで、だから今までで一番違和感なく見ることが出来たのかもしれません。
星風まどか・・・タイトルロールで代表作になりそうですね。
気が強くてお転婆で頑張り屋な少女は星風にぴったり。あれ?こんなキャラ、どこかで見たなと。そう「神々の土地」のオリガが同じ性格でした。ガンガン舌を噛みそうになりながらまくしたてる役が似合うんだなあ・・・この子。
ドレス姿はどれも綺麗だったけど、ちょっと姿勢が猫背になってませんでしたか?
ともあれ、歌のうまさは本当に素晴らしく今まで評価されずに来たのが勿体なかったですね。顔が童顔で大人の役が出来ないから仕方なかったけど。専科でどのように花開くのか見たいです。
芹香斗亜・・・グレブ。この人ははっきり言って「演技さえしなかったら」ってタイプなんですよ。声はそれなりに出ているし歌もよかったと思います。ただ、セリフをしゃべると途端に子供になってしまう。姿月あさとそっくりだなあといつも思うけど、今回もそう思いました。
2番手としての地位は確立したんでしょうけどトップになった時、果たして「華」が出てくるか心配だなあと。
桜木みなと・・・ポポフ。いきなり老人の役で見ているこちらがびっくりです。それだけ役が少ないんだろうと思います。演技としては可もなく不可もなく。しっかり自分の役割を演じていました。
フィナーレの銀橋ではターコイズブルーの衣装がよく似合う王子様でしたが、トップになるなら今でないと、旬を逃してしまうんじゃないか?と。
和希そら・・・リリー。まさに文武両道。女役も違和感なく演じ切って、今回の助演としては最高賞を上げたいです。低音から高音まで自由自在の声、コケティッシュなキャラ。そして上手なダンス。もういう事ありませんね。宙組のバイプレイヤーと言えるでしょう。今後が楽しみです。
寿つかさ・・・マリア皇太后。二度目のおばあさま。これはもう完璧ですよね。
他には、アナスタシアの少女時代を演じた天彩峰里が可愛らしかったです。でも子役って程の学年ではありませんよね。次期トップの潤花も全然目立たず。
ロットバルトの優希しおんのダンスがすごかったです。
今回はフィナーレの演出も素晴らしかったし、銀色っていい色だなあとつくづく思いました。配色の妙を味わえたと思います。
ただトップコンビと芹香斗亜の羽根がスカスカに見えたんですけど・・・・
革命当時、クリミアにいたマリア皇太后はそのままロシアに留まるつもりだったけど、
イギリスの王太后になっていた姉のアレクサンドラに救出されて、イギリスにわたるも、それからデンマークへ帰国。亡くなったのもコペンハーゲンだったようです。
皇太后はニコライ2世一家惨殺の場面を見ていないわけですから、その死をなかなか信じられず認めようとしなかったというのもわかります。
1928年、死去。2005年サンクトペテルブルクへ遺骨が戻りました。
皇太后には財産があったし、後見もあったので無事に生き延びることが出来ましたけど「神々の土地」に出てくるドーミトリー大公も後々大変な人生を送ることになります。
一瞬にして地位と名誉と財産を失ったロシア貴族たちの苦労は察するにあまりあります。故郷を離れ一生亡命して生きなくてはならない国。それがロシア。
そして今もまた・・・ですね。