山歩きの途中で道に迷って おまけに雨も降りだして最悪な気持ちでとぼとぼ元気なく歩いていたら 頭を枝に打ち付けた
首を振って手で枝を払ったら・・・その先に家が見えた
ぼうぼうの雑草が生えた庭
声をかけてみたが返事は無い
誰もいないのか・・・それとも空き家なのか
軒先を借りて雨宿りすることにした
雨は止みそうにない
足が疲れていて 大きな石の上に腰掛ける
何やらうとうと・・・眠気に襲われる
雨があがるまで寝て過ごすか
こくん 首が落ちてくる
ああ こんな寝方をしたら あとで首が痛いぞ・・・などと思った
「もしもし」
声が聞こえる
「もしもし あなた こんなところで眠っていては危ないですよ」
声は言う
「この山は熊も出るのです どうぞ おあがりなさいまし」
声は続けた
「どうか 家の中でお休みになってくださいまし 何もございませんが」
声に誘われ 家の中へ
布団が敷かれていた
「ここでゆっくりなさってくださいましな」
それを不思議とも思わず遠慮なく横になる
ところが 横になってみれば 疲れているはずなのに眠りに落ちることができない
ぎゅっと瞼を閉じて眠ろうとはしているのだが
それがどうしてわかったのか 再び声がかけられる
「お眠りになりにくいご様子 子守歌代わりに昔語りはいかがですか
少しお喋りさせてくださいましな」
半分眠ったような うつつのような
声のみ流れていく時間
声は・・・語った
ーその昔 一匹の蜘蛛がおりましてね
ええ姿形が気味悪いからと 昔むかしから嫌われものの存在でございましたよ
踏みつけて殺されたり 石で潰されたり
けれど ここに不思議な姫様がおられましてね
雨の日に床を這う蜘蛛を 袖でくるんでお部屋にいれられたのでございます
「これから嵐になりそうだけれど ここなら濡れずにすみますよ」
それは優しくあたたかな・・・そして美しい響きの声でございました
その蜘蛛もそりゃあうっとりしたものでございます
薄暗い部屋の中すら輝いて見えるほどのお美しさ
その姫様は静かに孤独に暮らしておられました
お父上は高位の身分のお方でしたが 邪な心の政敵の為に 地位を追われて失意のうちにご病気となり世を去って
姫様の美しさを聞きつけた殿方からは 幾人からもお文をいただきもしましたが
姫様は お父上を陥れた側に連なる方々が許せなかったのでございます
むしろ誰からも忘れられ 打ち捨てられて世を去る
そんなことを願われておりました
ただ一つの希望として
そんな姫様なのに
どなたかを呪っているなどと酷い噂を流されて
ええ ええ おおかた姫様に相手にされなかった殿方のどなたかが流されたものでございましょう
自分のモノにできないなら いっそ罪におとしてやろうと
歪んだ醜い心の者はいつの世だっておりましょう
他人を陥れる者は己の心の薄汚さに気づくことはありません
その魂の泥まみれさにも
姫様は捕えられる前に いわれなき罪で その身を裁かれる前に
喉をついて
苦しい息の下
近づいていった一匹の蜘蛛に こう言いました
「そう 看取ってくれるの お前 物語のようには簡単に死ねないものね
もうこの家には食べるものも無いでしょう
どうか この流れる我が血をお飲み
少しは足しになるでしょう
もう 何もしてあげられないから」
姫様は静かに微笑んで・・・そうして その命の火は消えてしまいました
小さかった蜘蛛は 姫様の血を飲んで 己の命の糧として その姿を変えました
蜘蛛はねえ
自分を可愛がってくれた姫様の仇をうちたいと思うようになったのでございます
その思いは その身に毒を有させるようになりました
毒糸を吐き 噛むことでも毒を
それで 姫様を陥れた人間たちへは復讐できました
姫様は戻ってはきません
あの方には二度と会うことはかなわないのです
ますます蜘蛛は寂しいばかり
ただただ寂しいばかり
そんな蜘蛛が いるのでございますよー
夢を見ていた
かなしい さびしい なにより哀れな
夢からさめれば そこは山の中
見上げる木の上に何か光るもの
あれは・・・蜘蛛の巣か
そこから涙の糸のように滴が落ちてくる
ぽとん ぽたぽた
それが顔に当たって目が覚めたのか
蜘蛛の巣が 美しい網目もようが ふらふら揺れる
あっちへお行きよ と言うように
その通り歩いていったら・・・・・
見慣れた場所に戻ることができた
寂しい蜘蛛に助けられたような
不思議な気分だった
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ごめんなさい