「涼音 頼れるのはお前だけ 信じられるのはお前だけ
義松を頼みます 心真っ直ぐな人に育つよう」
藩の正室 病弱なお梨世(りよ)の方からの言葉を心に刻み 涼音はお世継ぎの義松 若君に仕え続けていた
お梨世の方が案じていたのは 家老 大木田将監のこと
その野心
女好き お金大好き
主君の寵愛深いお梨世の方にまで好色の手を伸ばそうとしたことも
戯言(ざれごと)と誤魔化そうとしたが
主君には遊興を勧めようとしどうにも信用ならない不遜な輩(やから)
殿様だって目に余るものを感じ その悪事の証拠を掴むべく手を打ってはいたが
大木田はことあるごとに若君に涼音への不信を植え付けようとしていた
正室お梨世の方の信任あつく 武芸にも優れ「巴御前」とも渾名される涼音が邪魔で仕方ないのだ
とうとうでっちあげの罪を被せ
涼音を手討ちにすべしと 若君に強く言う
「情に流されてはなりません これは悪い女なのです 正しく行うが上に立つ者のー」
義松はまだ元服前の年齢
常日頃可愛がってくれている涼音を殺すことなど 死を命じることなどできない
ーお許し下さい 御方様 わたしはこれまででございますー
涼音は懐剣で喉を突いて死んだ
主命により大木田一味に潜入していた若侍 真之介もまた斬殺された
真之介と涼音は恋仲であり いずれ夫婦となる約束をしていた
大木田将監ー
うるさい鼠二匹片付けてご満悦
しかしこの頃から怪異が始まる
夜半その寝所近くで足音がする
びしゃん びしゃん 濡れたような
廊下には朱色の 血に染まったような足跡が残り
毎夜 少しずつ将監の部屋へ近づいてくる
ある夜
「ごめん・・・」という声を将監は聞いたかどうか
脅える将監の前に嬲り殺され血塗れの真之介の姿
振り返れば 背後にはこちらも喉から血を吹いている涼音の姿
「ゆるせ ゆるせ・・・・・」
将監は腰を抜かし尻で後退さる
後ろ手に這い逃げる
じわじわと真之介と涼音が近付く
将監は庭に転げ落ち なおも後退さって逃げる
そしてー
井戸へと落ちた
真之介と涼音の姿をしたものは うっすらと微笑み 顔を見合わせると 静かに消えた