Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

海を飛ぶ夢

2007-11-21 | 外国映画(あ行)
★★★★☆ 2004年/スペイン 監督/アレハンドロ・アメナーバル

「愛する人を殺せますか」


海の事故で、首から下が不随となったラモン・サンペドロは、26年間をベッドの上で過ごし、尊厳死を希望している。しかし、全く体が動かない彼にとっての尊厳死は「誰かが彼を死なせる手助け」が必要。この映画の主題は「愛する人が本当に死を望んでいるのなら、その手助けができるか」という極限の問いである。映画を見た全ての人は、自分の愛する人がラモンと同じように「死にたい」と願った時に自分はどのように行動するかを考えさせられることだろう。

ラモンの尊厳死への希望が実に厳粛な問題として受け止められるのは、彼は感傷的になって死にたいと望んでいるのではない、ということである。ラモンはやけっぱちになっているのでもなく、精神的におかしいわけでもない。実に理路整然と自分の生には尊厳がない、と言い切る彼に一体どんな反論ができるというのだろう。命は神から授かったもの、やけになって死んじゃいけない、生きていればいいことはある…。どんな説得も彼の「尊厳のない生」という主張には、効力を持たない。

それでもなお、ラモンの要求をわがままと受け取る人もいるだろう。このテーマは、自分は「死」をどう考えるか、という踏み絵でもあるのです。

さて、尊厳死を巡る極限の問いを放つというテーマ性だけがこの映画のすばらしいところではありません。本作はひとりの男を巡る3人の女たちが登場する珠玉のラブストーリーでもあります。一人目は常に彼の面倒を見てきた義理の姉。彼女はラモンの兄の妻ですが、明らかに彼女はラモンを愛している。私の目にはそう映りました。二人目は尊厳死の訴訟を引き受けた女弁護士フリア。ラモンも彼女を愛し始めるのですが、悲しい結末を迎えてしまいます。そして、ラモンに仕事や家庭のグチをぶちまける工場勤めの女、ローザ。強引で自分勝手な彼女が最後までラモンと付き合う運命になるとは…。

死にたいと願っている男を好きになってしまう。なぜなら、常に生と死を考えに考え抜いてきた経験が彼に人間としての魅力を与えているから。何とも皮肉なことではあるけれど、ラモンの人生は最後に大きく輝いたと言えるでしょう。

ラモンの家族は彼の尊厳死を強く反対します。それは、愛する人を死なせたくないという思いと共に、彼をみすみす死なせたという罪悪感に捕らわれるのが怖いからであり、大きな喪失感に耐えられないのがわかっているからです。家族のとらえ方、友人のとらえ方、恋人のとらえ方の違いを比較することでも、「死」に直面した時に人はどう感じ、どう行動するのかを深く考えることができる、すばらしい作品です。