Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

プラトニック・セックス

2007-11-25 | 日本映画(は行)
★★★★ 2001年/日本 監督/松浦雅子

「意外と、あとひと息」


オダギリジョー見たさに鑑賞。

AV出身のタレント、飯島愛自伝小説の映画化ということで、あまり期待して見なかったけど、惜しい!あとひと息で何とかなったかも、という感じ。というのも、主役以外のサブメンバーの演技がいいからなの。オダギリジョー、野波真帆、そして阿部寛。主演が素人であるため、余計にそう感じるのかも知れないが、この3人で何とか映画たるものに持って行けた。

特に阿部寛の役どころがこの映画の最大のポイント。彼は、「慈善家」という肩書きの金持ちで非常に謎めいた人物、という設定。キャバクラにも出入りすれば、児童施設に寄付もしている。しかし、わざと子どもたちの目の前で金をばらまいたりする複雑なキャラクターで、なぜか主人公にいろいろ助け船を出してくれる。主人公と世の中を繋ぐ存在でもあるんだけど、その実体はなかなかつかめない。この奇妙な浮遊感が陳腐な転落ストーリーを何とか映画的なものに押し上げている。

それからオダギリジョー。やっぱりとても存在感がありますね。こんなことをわざわざ感想として言うのもなんだけど、彼はちゃんとキスシーンできる俳優。だって、唇をちょこんと合わせただけの、嘘っぽいキスシーンしかできない若手俳優が多すぎるんだもん。DJ志望という役柄で手元がよく映るんだけど、すごく指がきれいなんだなー。まっ、そういうことはさておき、今作は映画デビュー作だと思うんだけど、デビュー作にしてその役としてそこにきちんと存在することができている。やっぱり光るもんがあります。

10代の人気女優が豊富な今、この映画を作ったらもう少しマシになったように思う。大いなる疑問は、AV女優というどうしても外せない描写がなぜこんなに、「つたない」表現になってしまったのか、ということ。脱がなきゃいけない仕事だから、わざわざオーディションしたんではないの?友人によるレイプ、親からの勘当、キャバクラ嬢、買い物依存症による借金からAV女優への転落。この「墜ちていく」様子を真正面から描かないことには、どうしようもないと思うんだが。観客のターゲットが10代だから、AVの描写は適当にごまかさないといけなかった、ってのは言い訳にはならない。だって、そこまで墜ちちゃうところがキモなんだからさ。

「Deep Love」「Dear Friends」「ラブ&ポップ」など、10代の女性の空虚感をモチーフにした映画はいっぱいあって、テーマとしては普遍的なものなんだよね。だから、なおさら惜しい。
最後に言うのも何だが、やはり主演女優の演技に難がありすぎる。オーディションした理由が本当にわからん。