Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

カフカ 田舎医者

2009-01-16 | 日本映画(か行)
★★★★☆ 2007年/日本 監督/山村浩二
「線の念」



「頭山」でアカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた山村浩二監督が、フランツ・カフカの短編『田舎医者』を基に、孤独と絶望に押しつぶされる主人公が体験する恐ろしくも奇想天外な物語を描いた20分の短編アニメーション。人間国宝・茂山千作をはじめ狂言師の茂山一家と芥川賞作家・金原ひとみが登場人物の声を担当している。

語りを狂言にしたというのが、見事。狂言は一定の形式、つまり枠組みを持つ様式美。それに対して、お話はどう転ぶかわからない、つまり枠を超えた不条理劇。物語の先が読めない観賞者の不安感を形式美である狂言が払拭してくれます。とりあえず何かと何かをひっつけりゃすぐに「コラボレーション」などど言う昨今、こういうのが本当のコラボレーションだよな、と思わされます。

そして、不条理なお話というのは製作者の手によって、どのような色にも染められる。そこが醍醐味。ハネケの「城」は、几帳面な測量士Kが一生懸命になればなるほどその報われなさがまるでコメディのように感じられたし、勅使河原宏の「砂の女」は岸田今日子の汗ばむ肌に吸い付く砂を通して原始のエロスがまざまざと迫ってくる。この「田舎医者」では、書き手の念。その1本1本の線に魂が宿っているかのような念を感じます。大変印象的なのは、医者の頭がスクリーンの右肩方向や左肩方向に異常に膨らみ、その輪郭を失ってしまう表現。文字通り、頭が割れてしまいそうな医者の狂気の表現でもあり、スクリーンという枠組みを超えてゆく手書き線のゆるぎない強さでもあります。

いわゆる起承転結できっちり閉じた物語ならば、これほど「線そのもの」に引きつけられるでしょうか。我々はどうしても物語を提示されるとその意味やトーンに興味が奪われてしまう。しかし、不条理であればあるほど、邪念にとらわれることなく製作者の筆致そのものに引きつけられるのです。逆に言えば、不条理ものを扱う表現者は、それだけ自分の筆致に自信があるという現れではないでしょうか。

さて。どだいこの手の物語に解釈など不要で、ひねくれ者の私はこれまた村人の医者いじめなどと捉えてしまうわけですが、ショートフィルム作品だけに、繰り返し見ることの厭わしさがありません。2時間の作品ならばもう一度見るのは億劫ですが、21分なら平気。私も結局、3回見てしまいました。そして、見返す度に種々の味わいが生まれる。すばらしい作品だと思います。