★★★★★ 2006年/カナダ 監督/サラ・ポーリー
「愛するがゆえに」
<story>結婚して44年になるグラントとフィオーナ。決して良き夫とは言えない過去もあるグラントだったが、いまはフィオーナを深く愛し、夫婦仲良く穏やかな日々を送っていた。ところがやがて、フィオーナをアルツハイマー型認知症の悲劇が襲う。物忘れが激しくなったフィオーナは、ついに自ら老人介護施設への入所を決断するが…。
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(エンディングについて触れています)
グラントはこの施設では異邦人だ。彼と入居者たちを繋ぐものは妻フィオーナしかいないが、彼女が扉をしめてしまった以上、ただ黙って眺めることしかできない。コミュニケートできる言語もなく、孤独な旅人のようにソファに沈み込むグラントの物憂げな表情。そこに、観客は何を見いだすのか。昔の浮気の罰を甘んじて受けようという贖罪の気持ちか。それとも、フィオーナは何があろうとも自分の妻なのだという言い聞かせる苦悶か。はたまた、妻の恋を見届けようという包容力か。
本作の素晴らしさは、そこかしこで、こうした豊潤なイマジネーションを掻き立てる力を持っていることだ。何となく余韻が残る、雰囲気が良いと言った表層的なものではなく、幾重にも解釈可能な深みを持つ。こんなものをデビュー作で撮ってしまうなんて、サラ・ポーリーの才能恐るべしとしか言いようがない。そして、ジュリー・クリスティとゴードン・ピンセント。このふたりの演技が本作を紛れもない名作へと押し上げている。
衝撃のエンディング。その捉え方は十人十色。夫婦とは何か。愛とは何か。幸福とは何か。このエンディングを何度も反芻することによって、自分の信条を再確認できる、そんな近年屈指の名ラストシーンではないだろうか。
妻の幸せを願う余りのグラントの取った行動。私はこれを否定する気は毛頭ありません。これもまた、ひとつの愛の形だろうと思う。しかし、そのプロセスに置いてグラントは、ふたたび別の女とたやすく寝てしまった。妻をどんなに深く愛していても、そして、全ては妻の幸福のためであろうとも、名前もロクに覚えられない女性と寝てしまう。私が妻なら、その人を心から愛してくれた方が良かった。そして、こう言うだろう。「グラント、私はあなたの肌を知っている最後の女でありたかった」と。
フィオーナはきっとすぐにグラントを忘れてしまう。そして、グラントはマリオンと余生を送るのだろう。あの一瞬の輝かしい抱擁を美しい記憶として抱きながら、そして重い十字架として背負いながら。
「愛するがゆえに」
<story>結婚して44年になるグラントとフィオーナ。決して良き夫とは言えない過去もあるグラントだったが、いまはフィオーナを深く愛し、夫婦仲良く穏やかな日々を送っていた。ところがやがて、フィオーナをアルツハイマー型認知症の悲劇が襲う。物忘れが激しくなったフィオーナは、ついに自ら老人介護施設への入所を決断するが…。
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(エンディングについて触れています)
グラントはこの施設では異邦人だ。彼と入居者たちを繋ぐものは妻フィオーナしかいないが、彼女が扉をしめてしまった以上、ただ黙って眺めることしかできない。コミュニケートできる言語もなく、孤独な旅人のようにソファに沈み込むグラントの物憂げな表情。そこに、観客は何を見いだすのか。昔の浮気の罰を甘んじて受けようという贖罪の気持ちか。それとも、フィオーナは何があろうとも自分の妻なのだという言い聞かせる苦悶か。はたまた、妻の恋を見届けようという包容力か。
本作の素晴らしさは、そこかしこで、こうした豊潤なイマジネーションを掻き立てる力を持っていることだ。何となく余韻が残る、雰囲気が良いと言った表層的なものではなく、幾重にも解釈可能な深みを持つ。こんなものをデビュー作で撮ってしまうなんて、サラ・ポーリーの才能恐るべしとしか言いようがない。そして、ジュリー・クリスティとゴードン・ピンセント。このふたりの演技が本作を紛れもない名作へと押し上げている。
衝撃のエンディング。その捉え方は十人十色。夫婦とは何か。愛とは何か。幸福とは何か。このエンディングを何度も反芻することによって、自分の信条を再確認できる、そんな近年屈指の名ラストシーンではないだろうか。
妻の幸せを願う余りのグラントの取った行動。私はこれを否定する気は毛頭ありません。これもまた、ひとつの愛の形だろうと思う。しかし、そのプロセスに置いてグラントは、ふたたび別の女とたやすく寝てしまった。妻をどんなに深く愛していても、そして、全ては妻の幸福のためであろうとも、名前もロクに覚えられない女性と寝てしまう。私が妻なら、その人を心から愛してくれた方が良かった。そして、こう言うだろう。「グラント、私はあなたの肌を知っている最後の女でありたかった」と。
フィオーナはきっとすぐにグラントを忘れてしまう。そして、グラントはマリオンと余生を送るのだろう。あの一瞬の輝かしい抱擁を美しい記憶として抱きながら、そして重い十字架として背負いながら。