うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

切られ与三郎のお墓

2011年11月29日 05時03分43秒 | ボランティア活動など・・・
先日の野外活動で近所のお寺を見てきた。千葉に多い日蓮宗のお墓だったとおもうが、おおっ、こんなところが 「お富さん」 ゆかりの地であったのか。ある年代には懐かしい歌謡曲の舞台である。ここは最福寺、こんなにも立派な寺があったとは・・・。昔の草深い時代背景の中で、ここは正真正銘の地元、これは実話とされている。
 そうです、このお墓は切られ与三郎の墓です。ここ東金の地近在に二人は生まれ育ってから木更津、江戸へと場面が変わっていく。世間では長唄や歌舞伎の世界、そして戦後の歌謡曲の大ヒットになっている。その頃わたしは東北の寒村で幼かった。だが、この軽快なメロディが耳朶について離れない。
 わたしが撮った写真とともに、ここではWEB上で拾った歌詞と蘊蓄を掲げる。非礼であったら許されたい。
 後の老杉の年輪を一緒に行った仲間に聞かれ、わたしは即座に推定450年と答えたが、どうやら当らずとも遠からずであるらしい。
          

昭和29年(1954年) JASRAC No.013-0298-1
お富さん
作詞:山崎  正
作曲:渡久地政信
歌唱:春日八郎
制作:滝野細道

(一)
粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだ筈だよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エーサオー 玄冶店(げんやだな)

 (三)
 かけちゃいけない 他人の花に
 情けかけたが 身のさだめ
 愚痴はよそうぜ お富さん
 せめて今夜は さしつさされつ
 飲んで明かそよ お富さん
 エーサオー 茶わん酒


(二)
過ぎた昔を 恨むじゃないが
風も沁みるよ 傷の跡
久しぶりだな お富さん
今じゃ呼び名も 切られの与三よ
これで一分じゃ お富さん
エーサオー すまされめえ
 
 (四)
 逢えばなつかし 語るも夢さ
 誰が弾くやら 明烏(あけがらす)
 ついてくる気か お富さん
 命みじかく 渡る浮世は
 雨もつらいぜ お富さん
 エーサオー 地獄雨
  
  *09/OCT/04 
-------------------------------------------------------------------

この「お富さん」は歌舞伎で有名な「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」の源氏店(げんじだな)の場を歌ったものです。やくざの子分<与三郎>は親分の妾であった<お富>と深い仲となりそれがバレてズタボロにされ34箇所も傷を受けて逃れます。与三郎はこのすごい傷をネタに脅しタカリのフリーランスやくざとなり<切られ与三郎>と異名をとるようになります。或る時子分の蝙蝠安と銭の種探しに出かけ、日本橋界隈の玄冶店で、黒塀に見越しの松といういかにも妾宅と見える家に強請りに入ると、妾が洗い髪のまま出てきて一分銀をわたす。与三郎、「こいつはありがてえ」と、相手の妾の顔をよく見ると、かつての情婦お富ではないか。そこで有名なセリフ、
  「もし、ご新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、いやさお富!久しぶりだなあ」 
  「さういふお前は?」
  「与三郎だ」
  「えええ~っ」
  「ぬしゃァ 俺を見忘れたか
  「・・・・・」
  「しがねえ恋の情けが仇、・・・」
と長ゼリフが始まる、というのが、この歌のこの場面です。
この歌の歌詞には<玄冶店(げんやだな)>とありますが、歌舞伎は<源氏店(げんじだな)>となります。<や>は<冶金の冶>ですが<湯治の治>と読み違えて<げんじ>と読み<源氏店=げんじだな>としたのではないかと想像すると、何だか楽しくなります。ちなみに<店(たな)>は長屋や貸家のことで<○○店>と呼び、そこの借家人を<店子(たなこ)>と呼びました。
<明烏>は落語で有名な<明烏>ではなく、その元となった新内の<明烏夢泡雪>を弾いている、ということです。

      
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柿も今年は終わりだ・・・

2011年11月25日 06時09分00秒 | ガーデニング・庭づくり
あと少しすると師走。わが家の柿の実も残りわずか、6個のみとなった。今は柿紅葉の葉が数枚である。落ち葉掃除も楽になった。現在、これは大人の太ももぐらいの太さで一本の木だが、ここへ引っ越したばかりの年に千葉市内のホームセンターで3年生苗(接ぎ木?)を購入したから樹齢的には22年になる勘定だ。
 収穫量について、去年とおととしは日記に記載がない程だから、いわば今年は当たり年になるだろう。今年は渋が抜けるのが早くて葉が青々としている9月14日にもぎ始めてからだから、数えると合計179個の収穫高になる。その期間は2か月半、75日だから1日当たり家内とともに毎食ごと2個以上食べたことになる。それ以外はすべて知人や仕事の関係先へ配っている。場合によっては、わたしがその人の面前で肥後の守(ナイフ)を器用に使い皮を剥いて食べていただく。1個の重さは平均240gで×182個=43,680gだから、なんと44kgの重さを一本の木で支えていたことになる。なるほど、なんども木に登るにつれ揺れが大きくなり不安定感がつのったもの。
 柿の実は、零細農家出身のせいか、わたしにとってはフルーツというよりも自前の食料という観念が強い。1個でも十分に満腹になるのだ。この 甘百目柿 はスーパーや八百屋の店先に並べられている 富有 や 次郎柿 のよりは見かけは悪くて味もシンプルではないので、ある人に言わせると微妙に深みがあって懐かしい味といわれたものだ。
 名残惜しいもので、ここでは青空を背景にすっかり葉を落とした情景をめったやたらに掲載しようと思う。解説すると、上段の写真にあるように、野鳥がついばんでいる真っ最中の木守り柿はこれで3個目になる。
 なお、写真上で左クリックすると画像を拡大して見ることができます(タイトルバーの横の⇦ボタンで元に戻る)。
≪撮影: 11月23日午後≫

     

           

 コメントやご質問、お問い合わせに際しての連絡は下段のコメント(0)をクリックするか、少々面倒ですがこちらのH・P 有限会社グリーンワークスから入り、お問い合わせフォームにてのメール等でお願いいたします。
      
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御成街道、老人、ボランティア

2011年11月22日 06時05分40秒 | ボランティア活動など・・・

 この間は、御成街道を教育委員会の主催で見て回る。御成街道は江戸時代に徳川家三代が造り鷹狩に使われたが、千葉県船橋市から東金市内までの約40kmの道のりで、今までわたしには終点近くの東金方面がよくわからないでいた。そこで、わたしは生来の好奇心いっぱいの気持ちで、当日は雨交じりの悪天候をおして参加する。
 わたし個人は、船橋、習志野近辺、千葉市内は通勤ルート、仕事の営業範囲で多少は知っており、最近、地元の八街部分は参加者を連れて‘ガーデニング教室’で案内していた。この江戸時代の街道は、たしか、江戸から川崎や埼玉方面にもあるらしくて、ここは正式には 「東金御成街道」 というらしい。

 この日、なんだかわたしにとって、良くも悪くも様々に感じ考えてしまった。話題としてはいろいろあるのだが、ここではきわめて身近なことをはじめとして三題話ふうにあげていく予定である。
 まず、まのあたりにした老醜というか、リタイア人生と社会的なマナーについてである。
 参加者14,5名+吏員4名。ワゴン車で移動するのだが、まずは車内での話すたびごとの口臭のひどさに辟易した。わたしは顔をそむけながら談笑する。接近してのマナーがひどい。身なりは問わないが、相手のことを忖度しない強硬な所作、我が物顔の物言いやおこない、はては顔の表情のふしだらなさに見る相貌にがっかりする。はっきり言って、メリハリがないのだ。
 参加者は年齢的には50代後半から80歳までの男女であり身分的には市の「文化財ボランティア」の面々であるが、郷土史や古墳や風土に一定の知識がありそれにプライドをお持ちのようで、わたしは苦い思いであった。どうやら、厳しい対人関係や社会との折衝から離れてしまっているようなのである。老いとは身体の不自由にともなって、倫理感、モラル面で崩れていくようだ。大きな目で見ればやんちゃでかわいいという判断もありだが、わたしには今までの来し方で身を律する経験がなかったことによると推量せざるを得ない。正面からぶつかった生き方をしていなかったと断ぜざるを得ないのだ。
 余計なことだがこんなことでは家庭内の暮らし、同居している家族が思いやられる、というもの。なんとかならないものか。
 自己主張の強いこういうわがままな老人達は、社会規範は仕事の上でしか学ばなかったようで、困ったものである。世間一般の不特定多数の団体行動には向かない。中には学校関係の公務員上がりが多いようで、わたしに言わせればしようもない連中だ。
        
    
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フェイジョアの実の自然落下

2011年11月14日 05時41分21秒 | オリーブ・フェイジョア栽培日記

 先日から フェイジョア の果実を収穫し始めている。今年の特徴はなぜか形が卵のように丸みがかったのが多い。ここでは樹上成熟して前面道路に自然落下した光景と、果実の詳細な画像をアップします。
 なお、写真上で左クリックすると画像を拡大して見ることができます(タイトルバーの横の⇦ボタンで元に戻る)。
≪撮影: 11月13日午前11時30分≫
           

 フェイジョアの果実は生食の果物です。実際に香りも出ておいしくて酸味もなく甘い状態で食べるにはバナナのように追熟期間(常温にて)が必要です。ご希望者がおりましたら、このブログ上で先着順に購入予約を受け付けますのでご案内いたします。
 頒布内容は、あらかじめ大雑把ですが以下のようにまとめておきます。

1.収穫予定量: 4.0kg およそ80ケ以上
  長楕円形、卵形 1ケあたり 直径3~4cm 長さ7~ 8cm 重さ80.0~100.0g 
2.収穫時期: 自然落下時 11月上旬から下旬
3.品種名: ‘クーリッジ’
4.販売個数: 1パック10ケ前後
5.販売価格:
 値段については市場の流通性が乏しくて、実はまだ、決められずにいます。参考価格ですが、ある通販サイトでは 1.0kgあたり¥2.000.で売られているようです。 2.0kg以上単位で出荷を受け付けて、その半値ぐらいの値段をを設定中。
6.荷作り・宅配便代金:1梱包あたり、¥800前後
7.発送時期: 11月中旬以降
8.フェイジョア苗木の販売: A播種苗(樹高H0.3~0.5m)----20pot
B挿し木苗(樹高H0.6~1.2m)---13pot
 価格は、時価を予定、相談に応じます。
 ※この苗木は自家栽培品です。発送時に果実と同一梱包の荷姿も可能です。マンモス、トライアンフは育苗中。現在のところは自家授粉の結実品種、‘クーリッジ’の一種のみです。

9.ほかはギボウシの販売と同じように、メール上でお客様と注文内容を確認の上で、指定の銀行口座へ入金していただき、それを確認後即日発送いたします。

※今後とも、逐次、フェイジョアの果実の栽培経過、収穫までの情報を画像にて掲載していきます。左のカテゴリー、[オリーブ・フェイジョア栽培日記]をご覧ください。

 購入の受付けやコメント、お問い合わせに際しての連絡は下段のコメント(0)をクリックするか、少々面倒ですがこちらのH・P 有限会社グリーンワークスから入り、お問い合わせフォームにてのメール等でお願いいたします。
      
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西條八十の評伝を読む

2011年11月11日 05時54分20秒 | 活字中毒の日々、そして読書三昧

 わたしはこの間、たまたま時間が空き途中で近場の本屋に寄った。先日もらった商品券を使い切るのに、目的のDVD(男はつらいよ・・・)のほかに、ほかに適当な本を探していたら西條八十の本が見つかったので一緒に購入した。
 「流行歌 西條八十物語 吉川潮著--ちくま文庫」という本だ。これは評伝的な内容で読みやすいが、わたしは数年前に読んだ「西條八十 筒井清忠著--中公叢書」を思い出した。この本は叙述に難があった。そこでわたしにはめずらしいのだが、書庫を探して現在、再読中のところである。

 わたしは、西條八十については、まず最初におびただしい流行歌の作詞によって知っていた。「かなりや」 「東京音頭」 「旅の夜風」 「誰か故郷を想わざる」「若鷲の歌」 「同期の桜(二輪の桜)」 「蘇州夜曲」 「青い山脈」 「越後獅子の唄」 「王将」 「夕笛」という具合だ。(ちなみに、わたしは戦前に作られた「蘇州夜曲」を一番に推す。)
 さて、わたしは、西條八十の詩について、27歳のころの詩であるこれを評価したい。大正8年発刊 詩集『砂金』所収。

○桐の花

 おもひ出でゝは
 あるも怖ろし
 大理石の湯槽のなかに
 忘れたる、その
 桐の花。

 夜更けて
 尼等ひとしく
 庭に下り額をあつむ。

 誰びとの
 犯せし罪ぞ
 月の暈
 ほのかなるころ。

 うつろなる
 石の湯槽に
 桐の花
 媚きわたる。

 童謡も作るし文学史の資料でも、アルチュール・ランボオやボードレールなどの翻訳・研究者としてフランス文学にも顔を出してくる。なんとなくわたしも整理してみると、文化的な分野での多面性が分かってきた。
 こういう人物の類型はきわめて日本人には珍しくて一般世間では不思議な扱われ方をされてきた。器用と言えば言えるのだが、理系でいえば江戸時代の平賀源内のように、である。日本ではひとつの専門分野のみで評価されがちな社会構造を持つ。専門分野がいくつもあると、その業績面でなくて人格的にのみ評価されるようで正当にとらえられない。むしろ、軽視や蔑視の対象になる。ここでも、日本人が嫉妬やねたみに端を発する属性的に持っているいやらしい「ムラ社会」意識がはたらくのだ。もともと、種々の視座をもたない専門分野に棲息する「ムラ社会」ではそこに制度的なヒエラルキーが強力にはたらく。したがって、なかなか、全人的な評価はされにくい。
 勿論、わたし自身はこんな視野狭窄的な視点は頼まれてもとらない。人間は、本来、多面的で複合的であり、むしろ、こんな「ムラ社会」を軽蔑しているのだが。
 ちなみに、社会的に職業としてはフランス文学専門の早大教授で、詩人、作詞家である。 

 ところで、わたしは以前から作曲家・船村徹の 「演歌巡礼 苦悩と挫折の半世紀」講談社1983年 という本を古本屋で探しているがなかなか見つからない。わたしの50代くらいからこの人の演歌のメロディーがスーッとからだの中に入るようになり、どういうことなのか、船村徹の生い立ちを調べるようになった。
 どなたか、この本をお持ちの方は譲っていただきたい。
          
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雪の下 ではなくて、 大文字草 だった。

2011年11月08日 17時07分42秒 | ガーデニング・庭づくり

 この間の終わった植物分類技能検定試験の復習というほどではなく気になっていたので、過去の問題集をチェックしてみた。それには巻頭に口絵写真のように植物鑑定のページがついていて、わたしはそれを試しに植物名を答えてみた。結果はおおむね10問中2問しか正解できず、惨憺たるものになった。過信は恐い。似た名前まではたどり思い出せるが正確ではない。わたしが、日頃いかに植物を大まかにとらえているか、気落ちする。
 そのなかで、やはり実見したことのない山野草がゾロゾロ出題されていたのだが、その中でアレレと気づいたのが 大文字草(ダイモンジソウ) だった。このブログで先日知らせた 狂い咲きのユキノシタ とは大きな間違いで、この時期に咲く 大文字草 だったのでびっくり仰天である。身近な所にあったのだ。これはギボウシの6号プラ鉢で生育していたもの。この草花自体は購入した記憶もなくどこからか紛れ込んだのだろう。どうも2,3年前に小売市場でもとめた、札落ちの青花ギボウシの根株にくっついていた模様だ。
      
 早速今度、ギボウシの株分けを兼ねて、大文字草の株を別にしてやろう。そんなに栽培がやさしそうではないが、庭のサツキツツジの密植されている足元の陰にたまたま置かれていることが良かったらしい。生育環境を調べてみると、どうやら高山性で栽培適地は亜寒帯の北海道、人工交配、選抜により約80種以上の品種があるらしい。やはり、ここでもギボウシをはじめとして、 九輪草 や 雪割草、それに 采配蘭 などのように山野草マニアの世界では珍重されている。
 Webサイトでの知識によると 植物分類上では、ユキノシタ科ユキノシタ属である。
学名では Saxifragaceae.fortunei Hook.f.var.alpina(Matsum.etNakai)Nakai となるそうです。
 わが家では、 大文字草 はこの春の 金襴 に続く希少株であり愛蔵品になりそうである。後日あらためて、仕立て直した鉢で写真をアップしたい。
 
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金銭感覚もマヒして、

2011年11月06日 06時31分20秒 | わたしの日常です。
11月も上旬、朝晩は冷え込んでくる気候になった。暦の上ではもうすぐ「立冬」の時候である。

 わたしがどうも金遣いが荒いと気づき始めたのはここ数年前のことである。新しく、このブログの カテゴリー[お金の話などを少々・・・] をもうけてからなにも書き込まずそのままにしてしばらくたつ。間の抜けた話だ。ここでは恥をさらすことになるが、とつおいつしながらも新しく書き込んでみる。何回かに連載できれば、勿怪の幸いというものである。
 曲がりなりにも会社を設立して、というもの、その扱う金額の大きさに驚いたものである。すべて自分で判断するとはどういうことになるのか、それまでの月々の入ってくる給料でしかお金を動かしたことのない身分であった。詰まるところ、日常の金遣いがそのままに会社経営に反映する。今となって怖い思い出であった。
 金なぞは天下の廻りもの、一万円、十万円が千円、二千円ぐらいの感覚ができてきて、大変大雑把な金銭感覚になった。しこうして、滑稽なほどに勘違いすることになった。
サラリーマン時代は周囲より給料は高かったとおもわれるが、手元にあったら使う、財布に現金があったら使うという生活であった。住宅ローンとクレジットの返済をしてから、残して銀行に貯金するという考えは見事になかったと思う。お金は使い切るのは当然、というものであった。
 わたしは雇われているという事を忘れ会社勤め時代には、みずからの力を矜みにして、年齢分の給料はもらうべきものと嘯(ウソブ)いていた。世間巷間、街を歩いていても、仕事の世界は三十代四十代以外は邪魔、二十代は面倒くさいし、五十代以上はなにも生み出さないし、という高慢に満ちた気概であった。
 それまではそういう日常の感覚でいたのが、独立して経営のまねごとをおこなったらどうなるか。わたしは、日常は金銭出納帳で管理し、そして弥生ソフトを利用し一回目は手つだってもらいつつ、二回目は自分自身で会社の決算をおこなった。ふりかえってみると、結果的に借金を作ってしまった。会社の資金繰りは身内での調達、キャッシュカードに依存するようになる。

 やがて自営という会社運営の業務とは言いながらも、心理的に追い詰められてくるとその使い道はみずからの性格に起因する虚栄心のみにしか見えなくなってしまう。
 <続く>
         
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柿の実と紅葉

2011年11月04日 06時24分17秒 | 個人の庭・エクステリア
 
 これは、秋の柿の実のなっている光景です。
 先週の前半に、樹の上部に熟れてひびが入り果肉が赤黒くなった一個を木守柿にするべく残しておいたら数日して、あわれにも落下してペースト状になった。わたしとしては、もったいないという思いだ。せっかくヒヨドリや雀など野鳥のためにと用意したのだが、どうしたものか。もっと、上手についばんでくれないか。柿の実はタンニンを含むせいか、アスファルトの路面もデッキブラシで水洗いでもしないと黒い染みがついたままだ。

 こちら関東の当地では、今年の気候は、早い梅雨明け、夏の多雨、9月の寒暖差の大きさにより、熟すのも早くて果実の糖度が高い。しかし、どういうわけか、一般的に果実に比し葉自体の紅葉が遅い気がする。どういう植物の生理にもとづく現象なのだろう。このことは、どうやら、柿などの果樹に限らないようだ。
 なお、写真上で左クリックすると画像を拡大して見ることができます(タイトルバーの横の⇦ボタンで元に戻る)。
 ≪撮影:平成11年10月30日午前11時≫
           
かじってみるとこんな感じだ、淡い醒めた茶系の果肉で中にびっしり黒く細かい斑点が入り甘くて果汁に満ちている。
             
          
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ゴマが熟す

2011年11月03日 05時29分37秒 | ガーデニング・庭づくり

 わたしはこの春に初めてゴマ、エゴマを蒔いたが、エゴマは失敗した。このうちゴマ2株だけ発芽して伸びてきた。発芽はよくなくて二度追い蒔きをした。その後、夏場に淡い可憐なピンクの花が見られたことで良しとしたい。
 ここでそのゴマが熟している写真を掲げる。しかし、収穫方法はむずかしい、そぉーっと茎ごと取り、袋の中に入れて揉むか新聞紙上に広げないと弾け飛んで行ってしまう。ですが、こんなに少量では食べるまでもなく、来年用に種子として保存することになる。
 わたしは食べ物の好き嫌いはある方で、それほど肉や魚が好きでなく野菜が好きであり、日本酒のつまみには野菜や海草のサラダを好む。ドレッシングも凝る方だ。
 特に、この胡麻は大好きである。この場合はゴマは食用油ではなくそのまま炒って調理する。ごはんにゴマ塩を振りかけて食べるのだ。
 でも、食材は、最近、なんだか小さい頃に田舎で自家用につくり摂っていた食べ物に傾向が偏っていくようだ。それが、年齢がいくほど激しくなっている。質素というか身近な素材を使った食事、芋茎、紫蘇の実、花茗荷や蕗の薹もそうだ。・・・・・認めたくはないが、○○回帰、老化現象ということか。
 なお、写真上で左クリックすると画像を拡大して見ることができます(タイトルバーの横の⇦ボタンで元に戻る)。
 ≪撮影:平成11年10月30日午前11時≫

          
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フェイジョアの実はまだ熟さない・・・

2011年11月01日 14時24分03秒 | ガーデニング・庭づくり

 木枯らし一号が吹いて以来、朝晩は少し冷え込むがほんわかとした温和な天気がつづく。もう少しすると、暦は立冬だ。
 わが家のフェイジョアの実はまだ熟さない。この間マジマジと観察すると、大きな実もついていてこれからが楽しみだ。実は少々驚いたのだが、造園の世界にこの実がおいしいと評する人が身近にあらわれた。多分、これは品種によるのだろうなあと思い、樹上で成熟したら提供する予定である。
(蓼食う虫も好き好きなどと、内心、わたしは悪い冗談を呑み込みながら記している!フェイジョアの実の甘さはわたしには淡白すぎる味覚だ。)

 なお、写真上で左クリックすると画像を拡大して見ることができます(タイトルバーの横の⇦ボタンで元に戻る)。
 ≪撮影:平成11年10月30日午前11時≫

               
   
           

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