百島百話 メルヘンと禅 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

百島 オアシス

2014年01月10日 | 百伝。
今朝の福井は、非常に寒い朝でした。



今日は、家内と息子と一緒に、尾道へ。

新大阪発・・九州新幹線「サクラ」は、美しいです。



・・尾道到着。

・・週末金曜日、20時の尾道中央商店街のこの寂しさ。



賑わいとは無縁のようなアーケード通りになっていました。

尾道の中心街も賑わいを取り戻さないとね・・何とかしないとね!

でも、和食店「あかとら」は、予約要の賑わいがあり、入店出来ませんでした。

夕食は、ホテルで・・よかったです。

百島行き最終便が出たあとの尾道駅前桟橋には、シャーターが降りていました。



そのまま、階上のグリーンヒルホテル尾道に滞在中です。

さきほど、気分転換として、尾道市民病院の近くにある高須町の「オアシス」というバンガロー風なカラオケまで、タクシーを飛ばして、家族で歌って、さぁ~と戻って来ました。

今、ホテルの部屋の窓から仄暗い尾道水道を眺めながら、書いています。

明日は、百島です。

午前中、百島の実家での法事・・午後から福井にUターン。

そのまま、町内の新年会に出席予定です。

明日も・・ファイトです。

交通に関しては不自由であり、不便ですが・・会いたい人がいます。

百島は、やはり・・オアシスのような故郷であり、場所です。

会いたい人が居る限り、そこがオアシスです。

百島神事 仏事

2014年01月10日 | 百伝。
明日・・1月11日は、毎年恒例の百島八幡神社での御弓神事。

全国の百手祭の一年・・その先陣を飾るのが、百島の御弓神事です。

室町時代の1441年(嘉吉元年)、嘉吉の乱のあと、百島に逃れた赤松一党を起源・由来とする御弓神事・・百手祭の源流となるかもしれません。

明日は、百島へ日帰りします。

御弓神事の見学ではなく、我が家での・・父の七回忌法事のためです。

1月11日は、父の命日。

今日、用事を終えたら、すぐさま新幹線で尾道へ。

でも、百島行きの最終便の船には、間に合いそうもありません。

尾道のホテルでの宿泊予約済み。

ところで、百島の同級生の中には、百島の御弓神事を一度も見学したことがない者も多いのです。

僕も、一度しか観たことがありません。

もっと、百島の御弓神事のイメージを膨らませて、その起源・ルーツを探りたいような気もします。

百手と・・旗手と・・何か関連があるような気もします。

今日、1月10日は、父の誕生日。

今回、神事よりも、仏事を優先。

合掌。

軍師 

2014年01月06日 | 百伝。
昨日は、今年のNHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」の初回を観てしまいました。

彼は、姫路に生まれ育ち・・父親は、小寺家の家臣でした。

姫路のお隣りの龍野には、赤松一族が割拠しておりました。

その龍野の赤松一族の誘いを断り、小寺家の忠臣に徹した黒田官兵衛の父でありました。

「生き残るためだ」・・という言葉を残していました。

以上・・昨日のドラマ展開です。

実は、小寺家は、もともとは赤松一族の重臣のような存在でした。

成長して大人になった黒田官兵衛という人物・・西国の毛利に靡かず、東国の織田信長へ、さらに秀吉へと忠勤に励みます。

そして、天下獲りの軍師としての名を轟かせます。

黒田官兵衛・・赤松一族の軍師として活躍しておれば、日本の歴史、時代の大河、そして、百島も大きく変わっていたかもしれません。

水の如く・・その軍師は、黒田如水。

風林火山・・その軍師は、山本勘助。

百島復興プロジェクト

2014年01月05日 | 百伝。
余生というか、元気な老後であればと言うべきか、そうであるならば・・

百島で暮らしてみたいと考えています。

個人的な想い巡らせると、出雲地方と四国地方に興味があります。

百島は、出雲と四国八十八ヶ所の中間基点になる絶妙なロケーションとなる位置にあります。

しかも、最終便のフェリーに間に合うように、日帰り行程の時間のメリハリをつけると、行動目的の意識も高くなります。

・・元気な余生を過ごせればの仮定です。

さて、今日は、思いがけない同級生から、年賀状が届きました。

早速、年賀状を書いていると、思いがけないことを発見してしまいました。

今年、友人知人に宛てた年賀状には、僕自身の住所も名前も記載していなかったことに気がついたのです。

年賀状への想いも軽くなったのかもしれません。

「仕方無い」・・今更、二通目の年賀状を送ることはしません。

二度送りの年賀状は・・ヘンでしょう(笑)。

去年・・「百島復興プロジェクト」というテーマにした檄を、百島の仲良し同級生に送りました。

何かをしようとすれば、読み書き算盤も必要なビジネス感覚が無いと、解決不能な無理難題難問になります。

「暮らしに困らない事」が、人生最大の生活問題です。

「人生の最大の関心事」が、自分という社会問題です。

この二つを組み合わせると、必ず「故郷」というテーマが浮かんできます。

故郷を離れているからこそ、「暮らしに困らない事実」も存在します。

故郷へ向かうからこそ、「自分の生死・・生き方、死に方に直面する関心事」にも向き合えます。

それは、家族というテーマにもなり、家族という問題にもなります。

百通りの一番が有るはずです。

暮らしに困らない方法で、気の置けない同級生友人たちと、故郷の百島を満喫して楽しむ手段が、「百島復興プロジェクト」への一番の近道ではないかと考えるのです。

一番となる百通りの考えもあるはずです。

百島から日出ずる

2014年01月03日 | 百伝。
昨日、今年の初日の出を拝むことが出来ました。

生口島で、百島方向から昇る美しい日の出でした。



「よき眺めは、宝モノ」です。

百島に到着したのは、お昼過ぎでした。

実家の我が家で、「おせち料理」を頂きました。



・・ウトウトしていると、もう夕方になりました。

ほんとうに僅かな時間でしたが・・年下の従兄弟たちにも会えました。

昔は、小さかったのに、身長が190センチぐらいの大きさになっていました。

最終フェリーで帰福するまえに、保ちゃんとも会えました。

「よき友人は、宝物」です。

また、新しい一年が始まりました。



「よき眺めを持てる宝物のような時間」が、多くありますように。

無事、帰福。

感謝。

百島参詣 しまなみ参道

2014年01月03日 | 百伝。
愛媛県今治から、しまなみ海道を通って、百島へ帰省しました。

来島大橋から、因島大橋まで・・。

尾道へ続く各々の橋が、百島参詣へと続く、鳥居のカタチに思えてなりません。

百島参詣へ続く・・鳥居だと思っても過言ではありません。













百島参詣に連なる・・数々の鳥居でした。

ところで、昨日の正月二日は、百島へ行く人・・。

百島から帰る人・・。

・・とても多かったです。

福山の常石からのフェリーに乗れず、結局、尾道の向島・歌からフェリーに乗ることになりました。

百島参詣・・なかなか簡単に行けない不便な海上の参道です。

でも、百島参詣が叶う人は、幸運な人だと思えるようになりました。

百島参詣が叶った人は、幸多い一年が過ごせるような気がします。

感謝。

百島へ 年明けうどん

2014年01月03日 | 百伝。
「年越しそば」を食して、新しい一年になりました。

ふと思いついたのは、「年明けうどん」を食べたいなぁ・・という想いでした。

百島参道の途中に、四国へ立ち寄ってみようかと、思い立ったのです。

「百島のおばあちゃんに会いたい」という息子を誘って、爆音が轟く息子の車で、百島へ。

岡山の吉備サービスエリアから、そのまま、瀬戸大橋を渡り、香川県与島PAに降りると、2日早朝の3時頃でした。



まだ暗い中の与島パーキングエリアです。



・・釣り支度なのか?

・・この島から日の出を拝むのか?

・・結構な人が、ウロウロしていました。

そのまま、香川県に入り、愛媛県の石鎚山サービスエリアへ。

・・ここも、まだ暗い夜明け前なのに、たくさんの方が居られました。

そして、年初目標の四国で「年明けうどん」を食することが出来ました。

めでたし・・です。



愛媛のみかんジュースも美味しかったです。

いづれ、出雲巡りと四国八十八ヶ所も巡りたいかなぁ・・?!

めでたし!

めでたし!!

平成26年元旦

2014年01月01日 | 百伝。
新年明けまして、おめでとうございます。

こちらは生憎の天候で、初日の出を拝んでおりません。

これから、遠出予定です。

明日は、初日の出、拝めますように。

そして、このブログに集う皆さまの今年一年が、より一層、より豊かに、より朗らかに!

たくさんの楽しい日々が多くありますように。

強い気持ちで、ふぁいと。

心から祈ります。

2014年、平成26年元旦