5月24日(日)は、所用で長野市を訪れたので、善光寺様を参拝して来ました。
ご存知のとおり、今年は七年に一回の前立本尊さま御開帳です、長野駅へ降りたとたんに凄い人出にビックリしました。
長野とは若い頃から因縁がありますが、長野市でこんな人出を見たのは初めてです。(オリンピックの時は知りませんけど)
先日、とある社長さんがWebで持っているコラムを読んでいたのですが、そのコラムでは寺や神社をサービス業と言う観点から持論を述べていました。
宗教をサービス業と言ってしまうと、罰当たりと言われそうですが、確かに心の安らぎを提供したり、葬儀の儀式を提供したりと、サービス業と言われると分かるような気がします。
さらに、昔から栄えている寺社は、参詣する人を上手に集めるサービス精神が旺盛だとも述べていました。
それを善光寺様に当てはめると、このコラムで述べていることがピッタリと当てはまると思いました。
ご存知のとおり、善光寺様のご本尊は秘仏で誰も実物を拝むことが出来ません。
そのため、御本尊の御身代わりとして前立本尊が造られ拝まれるようになったとのことですが、この前立本尊も七年に一回しかご開帳となりません。
七年に一回のご開帳となれば、善男善女はいそいそとご開帳へ出かけて行くわけです。
結果として、参拝した人はご御利益を感ずるし、お寺側は参拝した人が落とすお金で潤うわけですね。
さらに、回向柱なるものを立てて、柱に触ればご本尊に触れたのと同じことになるという、痒いところに手が届くサービスまで提供しています。
私もありがたく回向柱に触れて、本堂でご本尊を拝んできました。
下の写真で、回向柱から出ている糸の先は前立本尊の右手に結ばれているので、触れたことと同じになるそうです。
参拝の帰りは、人ごみを避けてわき道へ入りました、そうしたらもう一本回向柱を発見、こちらも触らせてもらいました。
後で調べたら、回向柱は2本立てられるそうで、大きな柱は善光寺様、小さな柱はここ釈迦堂へ立てられることになっているそうです。
知らないでわき道へ入ったのですが、思わぬ縁がありました。