暑いですね~、もう、こんな事しか書くこと無いし、もちろん日常の挨拶もおんなじです……。
寒くて雪の多かった今年の冬には、こんな日が来るなんて思わなくて、早く暖かくなればなぁ~、なんて贅沢タレていたわけですが、いや、全く自分の身勝手が身に染みまする。
ということで、本日も名盤天国、その2です――
■Dippin' / Hank Mobley (Blue Note)
現在では人気盤の中の大定番として、ジャズ入門ガイドにも載っているこのアルバも、1970年代中頃まではジャズ喫茶でしか聴くことの出来ないブツでした。
説明不要の快楽的内容であるにもかかわらず、オリジナル盤はとっくに廃盤、また日本盤も出てない状況が長く続いていたのです。
したがってジャズ喫茶で聴いてレコード屋へ行っても買えないという不条理に、どれだけのファンが泣いたかしれません。それゆえに日本盤が出た時は、物凄い勢いで売れまくったのが、このアルバムです。
録音は1965年6月18日、メンバーはハンク・モブレー(ts) をリーダーとして、リー・モーガン(tp)、ハロルド・メイバーン(p)、ラリー・リドレイ(b)、ビリー・ヒギンズ(ds) という今では夢の組み合わせです――
A-1 The Dip
これぞブルーノートというべきジャズロック! 作曲はもちろんハンク・モブレーですが、ありきたりのブルース進行ではなく、「泣き」を含んだサビの展開がなおさら素敵♪ そしてその一抹の哀愁を滲ませたテーマメロディを引き立てるのが、ビリー・ヒギンズの素晴らしいドラムスを要にしたリズム隊です。
あぁ、ノッケからこのグルーヴィな雰囲気には完全降伏です。
アドリブパートの先発は、もちろんハンク・モブレーが分かり易くファンキーな歌心で盛り上げ、続くリー・モーガンは最初っから爆裂フレーズの連発です。そのキモはテーマに仕込まれたサビの展開の妙で、ここで自然についてしまう「泣き」のアクセントには、素直にシビレる他はありません。
リズム隊もそのあたりは百も承知の好サポートで、ハロルド・メイバーンはモードを使いながらもラテンロックのグルーヴを大切にしたノリが痛快です。
A-2 Recado Bossa Nova
出ました! 誰が何と言おうとも、このアルバムのウリはこの曲、この演奏です。
全く快楽的なボサロックで、ジャズ喫茶でこのアルバムをリクエストする人は、皆、これが聴きたくて! と断言しても良いほどです。
そうです、今でこそこの曲と演奏は有名になっていますが、1970年代にはジャズ喫茶の暗い空間でしか楽しむことの出来ない、秘められた快楽だったのです。
肝心の演奏内容についても、私の稚拙な筆では表現出来ないほどの奥深さと快楽がびっしり詰まっています。なにしろハンク・モブレーは通常のボサノバとは別感覚のグルーヴを発散させていますし、リー・モーガンもラテンジャズの範疇を飛越えた激烈なノリで迫っています。
もちろんその背後ではビリー・ヒギンズが白熱のドラミングで煽りまくりですし、なによりもそれに応えたフロントの2人が分かりやすい歌心に満ちたアドリブを聴かせてくれますから、ジャズ喫茶とはいえ、リスナーはもう大合唱してしまう瞬間まであるという、極みつきの悦楽地獄が待っているのです。
そして真の立役者が実はハロルド・メイバーンで、そのピアノから発散されるラテンロックのグルーヴには、完全にKOされます。これでハロルド・メイバーンのファンになった人は数知れずでしょう。とにかく調子の良い伴奏から弾けるソロパートまで、もう最高っ♪♪~♪
A-3 The Break Through
このアルバムについて「快楽的」と何度から書きましたが、この演奏こそ、そのハードな解釈とでも申しましょうか、典型的なハードバップの大ブルース大会が強烈なテンションのアップテンポで演奏されています。
まず何よりもハンク・モブレーが書いたテーマが最高にカッコ良く、そのスピード感に満ちた部分が見事にアドリブパートで活かされています。それは「モブレー節」の大サービスであり、タメのモタレのコンビネーション、一転して流れて止まらない流麗なフレーズと、当に千変万化の完成度です。
またリー・モーガンも、お約束のフレーズを使いつつもリズムに対する先鋭的な感覚を大切にしたソロを聴かせてくれますし、ハロルド・メイバーンは楽しいマッコイ・タイナーという美味しさです。
演奏はクライマックスでビリー・ヒギンズとの対決で白熱のソロ交換となりますが、全く好調なセッションの成果が存分に楽しめる仕上がりです。
B-1 The Vamp
B面に入ると、いきなりハードで重苦しいこの曲が入っていますが、それを吹き飛ばすのが絶好調のリー・モーガンです。その輝かしい音色とアドリブフレーズは、当にハードバッブの真髄で、これに刺激されたハンク・モブレーが密度の濃いフレーズを積み重ねて山場を作っていくあたりは、本当にジャズを聴いているなぁ、という自虐的な快感に溺れる瞬間でもあります。
そしてこういう展開ならば俺に任せろっ、がハロルド・メイバーンです♪ その張り切り過ぎる寸前の弾け方は、自分の指がひとりでに鍵盤を彷徨い、異次元から魅惑のフレーズを連れてきてしまったかのような喜びに満ちているのでした。やばいっ、コルトレーンが出てきそうな……。
B-2 I See Your Face Before Me
モダンジャズでは地味なスタンダード曲ですが、こういう選曲が如何にもハンク・モブレーらしいところで、実はマイルス・デイビス(tp) が名演を残しているところがミソになっています。
しかし流石はハンク・モブレーです。この余韻が漂うテーマ解釈はイノセントなジャズの魅力がたっぷり♪ 寄り添うラリー・リドレーのベースもツボを押さえた素晴らしさです。
そしてリー・モーガン! マイルス・デイビスとは全く異なる魅惑のミュート・トランペットが、ジンワリと心に染みてまいります。これも隠れ名演でしょうねっ♪ もちろんハロルド・メイバーンも繊細な味を披露しています。
B-3 Ballin'
オーラスは烈しく楽しく、哀愁までもが漂うハードバップです。全体に仕掛けられたポリリズムの罠を完璧に叩き出すビリー・ヒギンズの凄さは言わずもがな、先発でアドリブパートに突入するハロルド・メイバーンも素晴らし過ぎです♪
もちろん溌剌としたリー・モーガンの弾けっぷりも痛快です!
そして我等がハンク・モブレーは、何故か悠々自適と最後に登場し、煮え切らないフレーズばかり積み重ねて行きますが、それが如何にもハンク・モブレーらしく、ラストテーマの爽快さを引き立てるのでした。
ということで、これはジャズがこんなに楽しくていいんでしょうか? と自問自答してしまう大快楽盤です。製作された時期のジャズ界はモードからフリーの大嵐にジャズロックやコテコテ系ソウルジャズが入り乱れていた頃で、また何よりもビートルズを筆頭にしたロックが世界中を席巻していました。
そんな中で王道モダンジャズだって快楽的で何故悪い? と開き直る前に、自然体でそれをやってしまったハンク・モブレーという構図が、このアルバムから素直に聞きとれます。
ただ、そんな素晴らしい資質が「お気楽」と受け取られ、ハンク・モブレーが軽く見られたのも、また事実でした。このアルバムが本国で早々に廃盤となったのもその所為かもしれません。
しかしジャズ喫茶という日本独自の素敵な文化の中で、このアルバムは生き続け、ますます強い生命力を発揮していたのです。
後年、健康を害して逼塞していたハンク・モブレーが一時的にカムバックした時、ある評論家の先生がインタビューでこのアルバムの日本での人気を持ち出したところ、何と本人はこのセッションについてすっかり忘れていたという伝説が残されています。
そんなハンク・モブレーの終り無き日常と自然体が、私にはたまらなく愛しいのです。
また、このアルバムは、マイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」がそうであるように、このセッションに参加したメンツでなければ表現出来なかった演奏だと思います。誰一人替わっても、このグルーヴは再現不能! そんな唯一無二の楽しさを素直に味わうのが、音楽の魅力だと思います。