マニアの楽しみっていうのは、どんな世界にもあって、例えば音楽ならば海賊盤の楽しみでしょう。それは非公式音源を聴く楽しみですが、付物なのが劣悪な音質……。
しかしそれを乗り越えた時に味わえる快感も確かに存在しているという、所謂M的世界に覚醒する瞬間が――
■Clifford Brown Live At The Bee Hive (Lonehill Jazz)
ジャズ全盛期の録音技術は、現代に比べれば当然劣っています。もちろんスタジオ録音や公式のライブ録音ならば、問題無く聴けるレベルなのですが、これがプライベート録音ともなれば、地獄と紙一重! ただ貴重というだけで感謝する音源が圧倒的なのですが、しかし真の天才が残した演奏記録、例えばチャーリ・パーカー(as)とかバド・パウエル(p)、ビル・エバンス(p) やジョン・コルトレーン(ts) あたりのものになると、一緒に入っている雑音を突き抜けて、ただ音楽だけがファンの感性を直撃するという、不思議な現象が確かに存在しています。
それはファン心理と欲望が、聴覚神経の中に特殊なノイズ除去フィルターを作り出すという、奇跡の生理現象かもしれません。
本日の1枚は、まさにそうしたブツで、主役は早世した天才トランペッターであるクリフォード・ブラウン全盛期のライブ演奏を収めた2枚組CDです。
内容は全て、アナログ盤時代から既に出回っていたものですが、一応最新の技術でリマスターが施され、幾分ましな音質に改善されています。
まず最初のセッションは、1955年11月7日、シカゴのクラブ「ビーハイヴ」で行われた演奏で、メンバーはクリフォード・ブラウン(tp)、ソニー・ロリンズ(ts)、ジョージ・モロウ(b)、そしてマックス・ローチ(ds) という当時のレギュラーバンドに、ニッキー・ヒル(ts)、クリス・アンダーソン(p)、ビリー・ウォレス(p)、レオ・ビルベンス(g) という地元の精鋭が入り乱れて加わっています。
ここで気になるのは、レギュラー・ピアニストのリッチー・パウエルの不在ですが、もしかするとこの時期のレギュラーはビリー・ウォレスだったという可能性も否定出来ません。
で、演奏されたのが――
☆Disc 1
01 Cherokee
02 I'll Remember April Part 1
03 I'll Remember April Part 2
04 Woody'n You
05 Hot House
☆Disc 2
01 Walkin'
以上の演奏は、アナログ盤時代に「ロウ・ジニアス Vol.1 & 2」として日本盤オリジナルで発掘発売されていたものですが、音質はもちろん厳しいものがあります。
まず「Cherokee」では、その音の悪さゆえに、ほとんどドラムスとのデュオにしか聴こえないクリフォード・ブラウンのトランペットが、止まらない強烈さ! これはもうフリーという醍醐味すら感じられます。
それはテナーサックスやギターのパートに移っても同様で、実はマックス・ローチのドラムスが烈しすぎるのですねっ! クライマックスでのドラムソロは、完全に爆音になっています。
続く「I'll Remember April」は2つのパートに分断されていますが、こちらはちゃんと音楽の体裁が整っており、テーマメロディのフェイクやアドリブパートでの美メロ連発という、何時ものクリフォード・ブラウンが楽しめます。そしてこのあたりになると、団子状の音質が逆にハードバップのド迫力に繋がる快感になっています。いゃ~、クリフォード・ブラウンは本当に凄いですねっ♪ 当にマックス・ローチと意地の張り合いというか、スタジオ録音では絶対に聴けないヒステリックな叫び、どうにも止まらないアドリブ地獄が堪能出来ます。なにせ9分半、吹きまくりですからねっ!
またテナーサックスは最初に出るのがニッキー・ヒル、「Part 2」で登場するのがソニー・ロリンズでしょうが、ニッキー・ヒルはちょっと無名ながら伝統的な音色とフレーズでなかなかの好演だと思います。
3曲目の「Woody'n You」はソニー・ロリンズが暴れる荒っぽいテーマ演奏から、流麗なクリフォード・ブラウンのアドリブパートに繋がる仕掛けが、快感です。しかしここでも、けっこうヒステリックに叫ぶんですねぇ♪ つまりマックス・ローチが容赦無い雰囲気なんです。ちなみにここでのテナーサックスは、先発がソニー・ロリンズだと思います。
そして「Hot House」は、実はかなりヨレ気味の演奏で、何時しかクリフォード・ブラウンのワンホーン体制になるという、言わば結果オーライ♪ バンドのノリの悪さを絶対的なトランペットの力で纏め上げていく天才の底力が楽しめます。
さら「Disc 2」に移っての「Walkin'」は、なかなかのファンキー大会です。
それはまず、ソニー・ロリンズが緩急自在のローリン節をたっぷりと披露し、クリフォード・ブラウンがタメの効いたフレーズを交えながら、流麗に山場を作り、本当は逆なんですが、ちょっとリー・モーガン(tp) になっている部分があって微妙に笑えます。またマックス・ローチの重いビートも素晴らしいと思います。
☆Disc 2
02 Valse Hot
03 I Feel a Song Comin' On
04 What's New ?
05 Daahoud
06 Sweet Clifford
さて、続く5曲は、1956年4月28日、ニューヨークのクラブ「ベイジンストリート」からの放送録音で、メンバーはクリフォード・ブラウン(tp)、ソニー・ロリンズ(ts)、リッチー・パウエル(p)、ジョージ・モロウ(b)、そしてマックス・ローチ(ds)という最強クインテットですが、何故か後半3曲でマックス・ローチが抜け、ウィリー・ジョーンズ(ds) が入っていると、解説書データにはあります。
まず「Valse Hot」はワルツテンポのハードバップで、バンドの纏まりも良く、もちろんソニー・ロリンズが独自のタイム感覚でノリまくれば、クリフォード・ブラウンは暖かく華麗なフレーズを駆使して、完全なる和みの世界を聴かせてくれます。
続く「I Feel a Song Comin' On」は強烈なアップテンポで、クリフォード・ブラウンの神業トランペットが炸裂! リッチー・パウエルのビバップ丸出しのピアノも好ましい限りです。
そして「What's New ?」は期待どおりにクリフォード・ブラウンのワンホーン演奏がじっくりと楽しめます。もちろん流石の歌心が全開♪
さらにこのバンドが十八番の「Daahoud」は、完全なハードバップですが、何故か交代しているドラマーのウィリー・ジョーンズにマックス・ローチほどのグルーヴが無いのが残念……。しかしそんな事は物ともしないクリフォード・ブラウンの輝きは最高で、次から次へ素晴らし過ぎるフレーズを積み重ね、まさに奇跡の一瞬を現出させています。もちろんソニー・ロリンズも熱演です♪
大団円の「Sweet Clifford」は、当然の大ハードバッブ大会! 司会者が曲名を知らず、つい「スイート・ジョージァ・ブラウン」と言ってしまうのは、ご愛嬌ですが、演奏は何処までも白熱するのでした。
以上の5曲は音質もまあまあ、普通に聴けるレベルなので、素直に楽しめます。そして最後にボーナストラックとして入っているのが――
07 (Back Home Again In) Indiana
これは1953年11月12日、コペンハーゲンにおけるジャムセッションで、クリフォード・ブラウン(tp)、クインシー・ジョーンズ(tp)、ジミー・クリーブランド(tb)、ジジ・グライス(as) という、当時のライオネル・ハンプトン(vib) 楽団の欧州巡業主要メンバーが、地元ミュージシャンと和気藹々の演奏です。
ただしリズム隊が現地調達とあって、グルーヴがイマイチ……。しかしその中にあっても、クリフォード・ブラウンが飛び抜けて輝いています。
ということで、これは完全にマニア向けのブツです。しかし「Disc 1」1曲目の破滅的轟音に馴れてしまうと、後は比較的音質が落ち着いているので、素直に楽しめると思います。特に「Disc 2」の2~6曲目はバンドの充実もあって、最高のハードバッブが聴かれます。ただし、もしここが全篇マックス・ローチのドラムスだったら……、と残念ではありますが!