■Crisscraft / Sonny Criss (Muse)
それほど読んでいるわけではありませんが、ジャズの解説本とかガイドブックに載っている歴史と、ジャズ喫茶の空間でファンに愛されるプレイヤーとは微妙に異なっている気がします。
例えばアルトサックス奏者ならばモダン期以降、チャーリー・パーカーが別格、神様という扱いなのは当然としても、それに続くのがリー・コニッツとアート・ペッパー、ジャッキー・マクリーンにフィル・ウッズ、エリック・ドルフィやオーネット・コールマン、そしてキャノンボール・アダレイというところでしょうか。
ところがジャズ喫茶では、ノー天気なルー・ドナルドソンや大衆的なポール・デスモンドは例外としても、ソニー・レッドやアルバート・アイラー、あるいはチャーリー・マリアーノやバド・シャンクという些かシブイ面々のアルバムが珍重され、なんとソニー・クリスに至っては人気者扱いにしていたのが、実用的なジャズファンの嗜好だったと思います。
本日の1枚は、その中でも特にリクエストが多かった人気盤で、内容はベタベタに湿っぽい「泣き」と黒っぽいメロディ感覚、琴線に触れまくるアルトサックスの音色という、アクが強くて好き嫌いがはっきりした演奏ばかりですが、これが実にたまらん世界♪
録音は1975年2月24日、メンバーはソニー・クリス(as)、レイ・クロフォード(g)、ドロ・コカー(p)、ラリー・ゲイルズ(b)、ジミー・スミス(ds) という、1970年代に入っても4ビートジャズを守り抜いた実力者達です――
A-1 The Isle Of Celia
この哀愁のメロディの素晴らしさ! それをソニー・クリスが艶っぽく泣いて聞かせてくれるのですから、これでシビレないジャズ者はいないと思うほどです。ボサロックがズンドコしたようなリズム隊のグルーヴも琴線に触れますねぇ~~♪ テーマのサビで仕掛けられるキメも、実にたまりません。
もちろんアドリブも美メロの連続で、人目を憚らずに男泣きというソニー・クリスには些かのクサミもありますが、いえいえ、これがモダンジャズの素敵なところでしょう。
せつない想いに急き立てられるようなドロ・コカーのピアノも冴えていますし、甘いブルースフィーリングを秘めたレイ・クロフォードのギターも味わい深いと思います。
とにかく一聴して虜の名曲名演! これが鳴りまくっていた1970年代後半はジャズ喫茶の最後の黄金期だったと、今はシミジミ……。
A-2 Blues In My Heart
これまたクサイ芝居のブルースという感じですが、グルーヴィなリズム隊にサポートされて忍び泣くソニー・クリスには、やっぱり魅力がいっぱい♪ こんなスローなテンポでありながら、強いビート感と粘っこいフィーリングを醸し出していくバンドの熱気にも心底、シビレがとまりません。
う~ん、それにしても黒いビロードのようなソニー・クリスのアルトサックス♪ こんな感触はちょっと他のアルト吹きには無いところで、如何にも黒人というメロウなカッコ良さです。
演奏はソニー・クリスの独り舞台に終始しますが、それが正解でしょうね。
B-1 Thes Is For Benny
B面に入っては、いきなりガッツ~ンと始まる熱血演奏! ガサツなリズム隊と号泣しながら突っ走るソニー・クリスが見事な一体感で、この強引なところがイヤミ寸前の魅力でしょうか。
ちなみに作曲したのはA面ド頭の「The Isle Of Celia」と同じく、ホレス・タプスッコトという隠れ人気のピアニストで、それはこういう「泣き」のメロディが得意だから!? このアルバムでそれに感づいたジャズ者が、密かに追い続けていたのが、当時の裏の事情でした。
B-2 All Night Long
これまた艶やかに泣くという、ソニー・クリスの魅力が存分に楽しめる名曲・名演です。あぁ、昭和ムード歌謡の趣も感じられるメロディの素晴らしさ♪ 特にサビにシビレますが、例えばグラント・グリーン(g) の「Idla Moments (Blue Note)」あたりが好きな人には共感していただけると思います。
B-3 Crisscraft
オーラスは景気の良いドラムスから快調にブッ飛ばすピアノとベースに導かれたアップテンポのハードバップ! もうこのイントロだけでゴキゲンな気分に浸れます。
もちろんソニー・クリスはチャーリー・パーカー直系のビバップフレーズでブルースを熱く吹きまくる痛快節! 基本に忠実なレイ・クロフォードにも好感が持てますし、自分が楽しんでいるようなベースのウォーキングにもジャズを聴く喜びがいっぱいです。
ちなみにこの当時の録音は、特にウッドペースに電気増幅のアタッチメントが付けられるのが当然というような感じで、好き嫌いがあるのですが、このセッションでは、それがあまり感じられずに高得点♪ ドラムスの音にも常套手段のコンプレッサーは、それほど使われていないようです。
ということで、特にA面が絶対的な人気盤ですから、ますます我が国での人気が高まったのがソニー・クリスの1970年代だったのですが、好事魔多し! なんと初来日直前に謎の死という悲劇がありました……。
今になって思えば、そんな出来事とフュージョンの大ブームが重なっていた気もしていますが、ソニー・クリス自身もそれに便乗したアルバムを作っていたわけですから、一概には言えません。
しかしジャズ者が一番好きなのは、このアルバムのような、特に「The Isle Of Celia」を情熱的に吹いてくれるソニー・クリスじゃないでしょうか。