■The Bud Powell Trio (Roost / 日本コロムビア=CD)
1980年代の音楽大革命といえば、やはりCDの登場でしょう。音をデジタル化してアナログ盤とは比較にならないほど小さな円盤に押し込めてしまうその技術は、それまでとは格段に明瞭な音が楽しめると宣伝されました。
中にはマスタテープの音がそのままに聴けるとまで!?
しかし私はそうした定義には懐疑的で、なぜならば自分のように「OLD WAVE」な音楽ばかり聴いている者には、マスターテープよりもオリジナルアナログ盤の音こそが憧れだったのですから! まあ、これはあくまでも個人的な思い込みかもしれません。
少なくとも1970年代中頃までの音楽制作現場では、マスターテープからレコードを制作する過程で、カッティングマスターというレコードプレスの基になる素材が作られていました。それは当時のオーディオ機器の性能に合わせてマスターテープの音を補正・抑制したもので、何故ならば、例えばマスターテープでは自然に再生出来ていた重低音が、家庭用のカートリッジでは針飛びや歪みを誘発するといった事情によるものです。
また出力の小さな電蓄プレイヤーでも迫力のある音が楽しめるように、各社では様々な裏ワザが使われているのですから、それを自然に受け入れて楽しんでいたファンの前に、いきなり「オリジナルマスターの音」が出されても……。
それとCDには、アナログ盤では当たり前のチリチリパチパチという針音ノイズが無い♪ というのもウリになっていましたが、それじゃ、マスターテープの痛みとかはどうするの? という疑問もありました。
実際、某社から出されたジャズピアノトリオの大名盤は、日本に保管してあったマスターコピーをそのまんま、つまり曲と曲とのプランク部分までも忠実にデジタル化していたのですから、今となっては聴けたもんじゃありません。確かにアナログ盤とは一線を隔したクリアーな音にはなっていましたが、その後は言わずもがなでしょう。
そんな試行錯誤が繰り返されていたのが、初期のリマスターの現状でしたが、そこに私が共感出来る結果として提示されたのが、本日ご紹介のCDです。
アルバム自体の内容については今更、私のような者が稚拙な筆を弄するまでもないほどに凄い演奏集で、モダンジャズでのピアノの役割を確立させたとして歴史の残るパド・パウエルの全盛期を記録したものが8曲♪ そしてその対極にある、些かボロボロの時期の演奏が8曲という構成です――
☆1947年1月10日録音
01 I'll Remember April
02 Indiana
03 Somebody Loves Me
04 I Should Care
05 Bud's Bubble
06 Off Minor
07 Nice Work If You Can Get It
08 Everything Happens To Me
メンバーはパド・パウエル(p)、カーリー・ラッセル(b)、マックス・ローチ(ds) という不滅のトリオ! ジャズの歴史本や入門書にも必ず載っている決定的な名演とされますが、私は最初に聴いた時、完全に???
というか、確かに圧倒される凄味は感じたのですが、はっきり言えば音が悪いし、どことなく煮え切らないものが……。後に分かったのですが、これらのオリジナル初出はSP盤であり、それがLP化されるまでにマスターが劣化し、またLP盤自体が初回プレスの所謂オリジナル盤であっても、盤質そのものが決して良好ではないという諸問題が……。
しかし、それでもジャズを聴き始めた頃の私は、どうしてもこの演奏は理解出来ないとヤバイ、持っていないとまずい、という気分に急き立てられ、日本盤を買ったのですが、う~ん……。
そして時が流れ、CDが音楽産業に登場し始めたある日、偶然にもレコード屋の店頭でこのソフトを聴いて仰天! そのメリハリのある音、マスターに残る傷みの生々しささえも音楽の一部になっている歴史的な勢いに圧倒されました。
もちろん直ぐに、お買い上げ! 実は告白すると、このCDがあったおかげで、私はプレイヤーを導入する決意をしたのです。つまりソフトを先に買ってからハードを導入したというオチがあるんですねぇ~。
しかし本当に目からウロコだったのは、この後です。それは買ってしまったCDの付属解説書に記載してあった驚くべき真実で、ピアニストの藤井英一氏と評論家の佐藤秀樹氏によるものでしたが、なんとこのセッションを収めたオリジナルLP、および日本コロムビアから発売されていたアナログ盤はピッチが狂っていたというのです!
う~ん、私が聴いていて、どこか煮え切らないもの感じていたのは、この所為だったのか!? もちろん私が所有していたのは日本コロムビアからのアルバムでした。
そのあたりの経緯は本CDの解説書に詳しいわけですが、ここで特筆しておきたいのは、リマスターにあたっては音質というかリスナーの音感を、米国で発売されたオリジナル盤、つまりSPを聴いた時の音質に近づけるような努力がなされたということです。
これには大いに共感しましたですねっ♪
さて肝心の演奏は、とにかく猛烈な勢いでブッ飛ばした「Indiana」、歌物でありながら、如何にもビバップに解釈した「I'll Remember April」や「Somebody Loves Me」のテンションの高さ、恐ろしいほどの幻想性を聞かせる「I Should Care」、儚いムードが横溢する「Everything Happens To Me」、そしてセロニアス・モンク(p) の十八番であるにも関わらず、それを凌駕する先進性を滲ませた「Off Minor」や「Nice Work If You Can Get It」、さらにメリハリの効いたオリジナル曲「Bud's Bubble」での颯爽とした雰囲気の良さ! とにかく全曲、敢然することない名演ばかりです。
共演者ではマックス・ローチのブラシがシャープなキレ味、またカーリー・ラッセルの黒いビートがデジタル化されたことで尚更に強力ですし、パド・パウエルのピアノタッチの凄さも、あの唸り声とともに、ハッとするほどアブナイ雰囲気です。
あぁ、これがビバップの真髄! モダンジャズの奥儀と納得して感動!
これはやっぱり、絶対に聞かずに死ねるかのセッションだったのです。そして私はCDの威力に心底、平伏したというわけです。ちなみにカタログ番号は「35C38-7216」で発売元は日本コロムビア、定価は三千五百円でしたが、全く後悔していません。
現在では発売元が変わっているらしく、当然ながらリマスターもやり直されているでしょうから、「音」も変わっていることでしょう。残念ながら私はそれを聴いたことがないのですが、個人的にはこのCDで満足しているのでした。
☆1953年9月録音
09 Embraceable You
10 Burt Cobers Bud
11 My Heart Stood Still
12 You'd Be So Nice To Come Home
13 Bag's Groove
14 My Devotion
15 Stella By Starlight
16 Woody'n You
後半は精神病等々で入退院を繰り返していた時期から、一応は社会復帰した1953年のセッションで、メンバーはパド・パウエル(p)、ジョージ・デュヴィヴィエ(b)、アート・テイラー(ds) という当時のレギュラートリオによるものです。なかなか魅力的な演目が揃っていますね♪
結論から言えば、1947年の演奏のような神がかった冴えは全く聴くことが出来ません。しかし例えば「Embraceable You」や「My Devotion」に顕著なある種の重さや濁りが、人生の澱を感じさせてくれるというか、これは後期パド・パウエルの不思議な人気の秘密かもしれません。
哀愁というには、あまりにもヘヴィなこのムードは、パド・パウエルという天才だけが醸し出しえる「何か」の表れで、極限すれば指がもつれ、しかもインスピレーションも冴えない演奏であったとしても、ジャズ者だけに訴えかけてくるパド・パウエルの心情吐露にはグッと惹き込まれる他はありません。
と、ちょっと大袈裟に書いてしまいましたが、突き放したようにクールな「Bag's Groove」や意地悪な「You'd Be So Nice To Come Home」なんて、全くリスナーの期待を裏切り過ぎる感じが逆に凄いのかもしれません。また、もどかしくて狂おしい「Stella By Starlight」とか、往年の片鱗が感じられる「Burt Cobers Bud」や「Woody'n You」には、何が悲しくて……。
ということで、アナログ盤LPでは両セッションがAB面に別れて収録されていましたので、聴くとすればA面ばかりの偏りも当然のアルバムかもしれません。実際、私はそうでした。
しかし繰り返しますが、そのアナログ盤の音の悪さ、そしてこのCDのリマスターの納得度は、あまりにも対照的です。おそらく私は、この「35C38-7216」を聞かなかったら、CDプレイヤーの導入もずっと後の事になっていたでしょう。もちろんパド・パウエルの1947年セッションの凄さを堪能出来るのも、きっと遅れていたにちがいありません。
CDの市場への登場から今年で25周年だそうですけど、パド・パウエルに諸々を教えられたのが、つい昨日のような気分です。