■Art Tatum - Ben Webster Quartet (Verve)
普通のジャズ喫茶はモダンジャズ以降が中心でしたから、それ以前のスイングスタイルやニューオリンズ~ディキシー系の演奏は滅多に鳴ることもないのですが、その中で例外的な人気盤が、本日の1枚です。
主役はオスカー・ピーターソン以前にピアノの大名人というアート・テイタム、そしてテナーサックスの大御所の中でも特に偉大なベン・ウェブスターの2人で、もちろん企画は大物共演が得意技というノーマン・グランツのプロデュースによるものですが、その凄さがイマイチ発揮出来なかった晩年のアート・テイタムの作品中では特級品として、名盤化したようです。
実際、私にしてもアート・テイタムという物凄いテクニックと音楽性を兼ね備えたピアニストについては、???という部分が多く、何故ならばその演奏が凄さを超えて一回転し、振り出しに戻った「当たり前な感じ」と思えたのです。
今にして思えば完全なバチアタリなんですが、上手過ぎてスキが無く、それがスリルの欠如に感じていたのかもしれません。常にホームランを打ってしまう十割バッターのような、そんな神業に驚きつつも、その安定感が「普通」に繋がって聞こえたのかも……。
まあ、そんなこんなで、初めてこのアルバムを聴いた時には、全然古びていない新鮮な感覚に驚かされました。堂々の悠々自適を演じるベン・ウェブスターのテナーサックスに絡みつつ、しっかりとサポートするアート・テイタムのピアノが素晴らしく自然体です。そしてアドリブでは出来過ぎのメロディと華麗な装飾フレーズの妙♪ 同じテナーサックスのワンホーン演奏では、ソニー・ロリンズでもジョン・コルトレーンでも無い大きな世界が展開され、これは実に納得させられたのです。
録音は1956年9月11日、あらためてメンバーを記せば、ベン・ウェブスター(ts)、アート・テイタム(p)、レッド・カレンダー(b)、ビル・ダグラス(ds) というワンホーン体制です――
A-1 All The Things You Are
ゆったりとしたテンポで、まずはアート・テイタムのピアノが優雅なイントロからテーマメロディの変奏を聞かせてくれます。あぁ、この一瞬だけで、完全にその世界に惹き込まれますねぇ。背後に控えるレッド・カレンダーのアルコ弾きも良い感じ♪
そしてボ~ンとひとつの音を響かせて入ってくるベース、グッとタメを効かせながらサブトーンの魅力を披露するベン・ウェブスター♪ 泰然自若としたテナーサックスの後ろではアート・テイタムのピアノが華麗な舞い踊りなんですが、ちっともイヤミは感じません。それを百も承知のベン・ウェブスターの度量の大きさに感銘するほどです。
ジャズの世界では、あまりにも有名なスタンダード曲ですから、数多の傑作バージョンが残されていますが、この演奏こそインストならば十指に入るのじゃないでしょうか。
A-2 My One And Only Love
これもお馴染み、胸キュン系の歌物スタンダードで、テナーサックスではジョン・コルトレーンかコールマン・ホーキンスが決定版と思い込んでいた私を、完全降伏させたのが、この演奏です。
いきなり琴線に触れまくりというアート・テイタムのソロピアノから、グッと大人の恋愛というベン・ウェブスターの心情吐露が、たまりません♪ 原曲は熱烈な恋愛思慕の歌なんですが、この心底、相手を思いやる感情表現の素晴らしさは、私自身が齢を重ねる毎に感動させられます。
もちろんアート・テイタムは物凄いテクニックで華麗なメロディフェイクと魅惑のアドリブ♪ ドラムスとベースもゆったりしたテンポの中で意外にもグイノリのグルーヴを出していたりして、明らかにスイング時代のオンピートから脱却し、モダンなオフビート感覚になっていますから、こういうメンツの演奏にも違和感が無いのだと思います。
あぁ、このバンドをパックにフランク・シナトラの歌が聴きたい! デジタル技術でなんとかならんでしょうかねぇ~。なんて見果てぬ夢までみてしまう素敵な演奏ですよ♪
A-3 My Ideal
これまたテナーサックスではソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンの演奏が残されていますから、モダンジャズのファンにもお馴染みのスタンダード曲だと思いますが、私は自身はこのバージョンが一番のお気に入りです。
力強いリズム隊に支えられて大きなノリを披露するベン・ウェブスターのテナーサックスはシンミリと忍び泣き♪ ひとつ間違えれば大袈裟な世界へ入り込んでしまうギリギリの抑制と心情吐露が流石だと思います。
アート・テイタムも伴奏とは言い難い華麗なピアノソロで背後を彩り、アドリブパートに入っても、その味わいはますます冴えわたりです♪ ソフトでメリハリの効いたピアノタッチも最高にジェントルな雰囲気で飽きません。
B-1 Gone With The Wind
これはアート・テイタムの十八番とされているスタンダード曲ですから、ここでも実に楽しげなピアノを聞かせてくれます。指が動いてとまらない感じのメロディフェイクは鉄壁のテクニックとリズム感が凄すぎます。そしてそれが当たり前に聞こえるのが、また驚異でしょうねぇ。
ちなみにアート・テイタムはご存じのように極端に視力が悪く、おそらくは譜面も見ることが出来なかったと思われますから、楽曲メロディは耳から覚えて頭の中でフェイクしていたのでしょうね。そこに天性の音感と作曲能力というかアドリブ能力が結びついて、この偉大なピアニストが世に出たのは僥倖としか言えません。
ベン・ウェブスターもここではちょっと脇役という感じですが、流石に存在感は強烈です。
B-2 Have You Met Miss Jones ?
これも良く知られたスタンダード曲をカクテルラウンジっぽいアレンジで演奏した、ある意味ではこのアルバムの典型的なスタイルが楽しめますが、ただのムードミュージックにはなっていないと確信出来ます。
典雅なアート・テイタムに対して真摯なベン・ウェブスターという個性の激突と協調が、素晴らしい時間を作り出しているのですからっ!
このあたりはは私の稚拙な文章では表現不可能です。これは決して「逃げ」ではなく、真実ですよ。短い演奏ですが、絶対に聞いていただきたいトラックです。
B-3 Night And Day
軽快にスイングするアート・テイタムのピアノ、悠然としたプローを聞かせるベン・ウェブスターのテナーサックスが心地良い、ある意味ではこのアルバムの中で一番古臭い演奏に聞こえます。
しかしアート・テイタムのアドリブは圧巻で、よくもまあ、こんなフレーズが弾けるもんだなぁ……、と呆れるほどです。強靭なリズム感にも仰天!
そしてベン・ウェブスターが登場するとドラムスがスティックに持ち替えてのスイングビートになり、このセッションでは最も派手なパートが始まりますが、ベン・ウェブスターは決して下品な音は出していないのでした。
B-4 Where Or The When
さてオーラスもアート・テイタムのソロピアノから始まり、良いムードが出来上がったところでベン・ウェブスターが登場するという、このアルバムではお決まりの演奏パターンになっていますが、ここまで通して聴いていても、それが全く飽きない世界です。
いや、むしろ音符過多の装飾過剰の世界が名残惜しいほどで、そういう感傷的な気分をさらに刺激してくるのがベン・ウェブスターのサブトーン♪ ああ、この歌心と男気の見事さ! こんな素敵なジャズは人類の宝物でしょうね。
この演奏ばかりでなく、全部を通して余計な手出しをしないベースとドラムスの堅実な助演も、実は強い印象として残ります。
ということで、流石にジャズのガイド本では名盤認定されるのも当然という傑作です。特に私はA面が最高に好きで、一時は中毒症状に陥ったほど!
ところが最近の再発盤では曲順が変えられているようですね。まあ、CDだったら問題はないんですが。
はっきり言えば古臭く、しかし録音はハードバップ期の1956年ということで、ビート感も幾分モダンになっていますから、これは温故知新のアルバムでしょう。ひとわたりモダンジャズの名盤を聴いた後には、なおさらに不滅の感が強くなるやもしれません。