■悲しき戦場 / S/Sgt. Barry Sadler (RCA / 日本ビクター)
特に最近、尖閣諸島の我国領海付近が不穏で、中国や台湾の狼藉は許し難いわけですが、だからと言って日本の軍備増強論、あるいは軍事力による強制排除を無暗に唱える事には、ど~しても賛同出来かねるのがサイケおやじの立場です。
もちろん、力の無い正義なんて、何の意味もありませんし、国益が失われる事は、そのまんま日本人ひとりひとりの主権や生活、さらには自分の家族の安全が脅かされる事ですから、これはど~しても守りたいし、守るべきものです。
しかし喧嘩をする前に現状を冷静に考える事は必要でしょう。
まず以前にも書きましたが、今の在日華僑資本や一般的な中国資本を瞬間的な軍事衝突で凍結や没収されるような愚行を中国指導部がやるでしょうか?
また、アメリカは何もしてくれない、守ってくれない!?
と嘆く気持もわかりますが、同じ事は日本に入っているアメリカ資本というよりもユダヤ資本の大きさを考えれば、アメリカは是か非でも、それを守ろうとするでしょうし、安保条約があって、それが出来なければ世界中でアメリカは完全に信用を失いますよ。
ただし、そのあたりの双方の事情がしっかり見えてこないのは、現在の日本政府や内閣与党が米中両国に何の約束も出来ないし、発言や施策にも説得力を失っているからだと思います。
さて、そこで本日のご紹介は、1966年にアメリカでチャートトップに輝いた戦意高揚の軍事賛歌「悲しき戦場 / The Ballad Of The Green Berets」なんですが、まず、この歌に「悲しき戦場」と邦題を付したレコード会社の感覚はトンデモ系の決定版で、極言すれば、そこまでやってお金を儲けたいのか!?
と思わず憤激したくなりますねぇ……。
なにしろ当時の我国では、この歌の内容を戦争の惨さ、残忍さを強調するあまり、兵隊はほとんどが戦死する、生き残るのは……。
なぁ~ていう、呆れた意訳さえつけて紹介していたんですよっ!
まあ、当時は未だ純真な少年であったサイケおやじにしてみれば、それを素直に信じ込み、またアメリカ軍は正義の味方という、何でも「アメリカ一番」の教育を受けていた悪果によって、「悲しき戦場」という歌は心に残ったのですが、長じて英語が少しは理解出来るようになると、これが大いなる欺瞞だったんですから、大人の世界の汚らしさを知ってしまいましたよ……。
それは簡単に述べれば、グリーンベレーと呼ばれるアメリカ陸軍の戦略特殊部隊を賛美した内容であり、エリート兵士集団はどんな苦境にも負けずに勝ち続ける!?! みたいな必然性を強調していたのです。
う~ん、これはベトナム戦争に没入していた当時のアメリカには、絶対に必要な国策の歌だったんでしょうねぇ。
ちなみに、この楽曲の成立過程と主役のバリー・サドラー軍曹について、もちろん後に知った事が大部分ではありますが、本人は実際にグリーンベレーに所属していた軍歴の持ち主で、ベトナム戦争に従軍から負傷帰国後、この歌をレコーディングしたのですが、少年時代からバンドをやり、軍人になってからもアメリカ国内基地勤務時には、周辺の店でセミプロ活動も認可されていたほどの音楽好きであれば、様々なオリジナルを披露していた実績(?)は推して知るべし!?
しかし最初は、あくまでも身内や友人、軍隊関係者に配布するための自主制作盤だったのが、その真相です。
ところが折からの戦争激化で、この歌に可能性(?)を発見した業界は、ロビン・ムーアというプロのソングライターに依頼し、幾分の改作を加え、大手レコード会社のRCAからオーケストラ入りの新録盤を出すに至ったというわけです。
そして結果は既に述べたとおり、発売即ミリオンセラーという大ヒット!
う~ん、マーチのリズムをバックに、何処かしら悲しいムードが滲んでくる曲調からすれば、ストレートに「悲しき戦場」という邦題も無理からんでしょう。確か前述したように、無理やりな意訳の日本語バージョンも出ていたと記憶しています。
でもねぇ……。
これはあくまでもサイケおやじの推測にすぎませんが、このレコードがアメリカ国内で爆発的に売れたのは、どっかの誰かが纏め買いしたんじゃ~ないですかねぇ……?
だいたいがアメリカの一般的な世論は、今も昔も戦争肯定派が大部分で、つまりはイケイケだし、それでも犠牲者が増え続けていた当時のベトナム戦争に対する反戦ムードの蔓延には、こういう国策歌が必要だったと思われます。
というか、こういう歌が必要とされる社会や時代は、嫌ですねぇ~~~!
サイケおやじは心底、そう思っています。
ふん、おまえは、それじゃ~、今の日本をど~やって守るんだっ!?
戦うことを最初っから放棄する態度は非国民!?
という声が、はっきり聞こえます。
そこでサイケおやじは、些か後回しになりましたが、その昔の体験談を書いておきます。
それは1980年代のある日、アフリカの某国に出張した時の話で、そこは長らく続いた内戦が、ようやく終結し、これからは新しき出発に入っていた地域でありました。
もちろんサイケおやじは旅立つ前に、今は平穏だからという情報を仕入れていたわけですが、しかし到着してみると迎えに来た関係者の中には明らかに軍人がいましたし、目的地に出発するミーティングの席上、なんとっ! 護身用に大型の拳銃を渡されるという始末です。
そしていよいよ当日、ボロい大型ワゴン車に乗ってみると、きっちり護衛の兵士が数名、完全武装で一緒なんですから、いやはやなんとも……。
ただし、それでも日頃から楽天的なサイケおやじは、あまり深刻に考えていなかった事は確かです。
ところが途中の草原地帯で先行していたトラックが反政府武装ゲリラに襲撃されている現場に遭遇したから、たまりません。もちろんそっちにも護衛部隊が別働で一緒ですから、銃撃戦ですよ。
正直、サイケおやじはこの時、実際に人間が殺し合いをやっている状況を初めて見ました。
ちなみに相手はゲリラとは言っても、きっちり訓練を受けている集団ですし、装甲車やロケットランチャー、重装ヘリまで持っているという軍隊であれば、やることも半端ありません。この襲撃だって、件のトラックに積まれている物資の略奪が目的でした。
そして当然ながら、こっちにも銃撃があって、車は忽ち穴だらけ! よくもまあ、ガリソンタンクに引火しなかったと思うばかりなんですが、とにかく危ないというので、近くに見えた廃墟のコンクリート壁までダッシュする他はなく、それこそ懸命に走りました。
いゃ~、思い出しても銃弾が足元を通過するし、人の叫び声は交錯するし、本気の阿鼻叫喚です。もしも、そこで腰を抜かしていたら、まちがいなく死んでいたでしょう。
もちろん渡されていた拳銃で反撃なんて、出来るもんじゃ~ありません!
全く頭を押さえて、物陰で小さくなっているのが、やっとでしたよ……。
しかし今でも、こうしてサイケおやじが、毎度の駄文を綴っていられるのも、全くが命あってのモノダネ! 護衛兵士の奮戦によってゲリラが撃退されたからに他なりません。
同時に一緒に行動していた現地民間人と兵士がひとり死亡、もうひとりが大怪我という惨事があり、本当に申し訳ないなぁ……、という気持は今も忘れていません。
そして自分の情けなさを思うとき、こんなザマでは、有事に自分の家族や国にを守れるのか……? と自問自答を繰り返し、答え未だ、出ていません。
ということで結局、サイケおやじが戦いを嫌うのは、自分の腰ぬけぶりを自覚しているからでしょう。
また、それでも戦争映画やモンスター&エイリアン殲滅映画、スペースオペラや暴力アクション、任侠&ヤクザ映画は大好きという、自己矛盾は認めるところです。
ただ、それでも戦争ほどクダラナイものは無いと思いますし、世の中を滅ぼしてしまう、その現実を少しは知っているつもりです。
なにしろその国では、畑は荒れ放題、農作物は略奪され、また商店も同様の被害から閉鎖されているところが多く、子供達は学校へも行けないし、病院や公共施設もほとんどが機能していませんでした。
まあ、現在は復興し、国の体制も安定し、民衆もそれなりの暮らしになっていますが、あんな悲惨は忘れられていないと思いますよ。
さて、そこで尖閣諸島の現状認識は、他国が何んと言おうとも、何をやらかそうとも、我国の優位は動かしようもなく、筋目もこっちにありますから、決してこちら側から揺るぐ必要はありません。逆に言えば、相手が不利を承知しているからこそ、ごちゃごちゃと扇動を繰り返し、因縁をふっかけているだけでしょう。
以前からのアメリカもそうですが、現在の中国は勝てる喧嘩しかやらないという、弱い者イジメを自ら標榜する指導部に牛耳られていますし、その背後に巨大な資本が蠢いている推察は易いはず!
そんな時代錯誤の中華思想に振り回されていたら、双方が自滅ですよ。
最後になりましたが、それでは何故にサイケおやじが、このレコードを持っているのか?
その答えは、以前にアメリカのチャートトップ曲は全て集める!
なぁ~んていう暴挙を企図した挙句の証であって、正直に告白すれば、持っていないと安心出来ないというのが本音です。
バリー・サドラー軍曹は立派な愛国者であって、罪はないでしょう。
しかしサイケおやじは、こんな歌が必要とされない世の中を強く切望しているのでした。
足元にも及ばない経験ですが、ほぼ同時期にアメリカ旅をしていた頃、警官とライフル銃を持った犯人との銃撃戦に出くわし、訳分からず涙がボロボロ出たことを思い出しました。
今にして思うと、恐怖の極みで泣いたのだと思います。
しかし、このジャケットに並んだ曲名の凄いこと・・・。当時が偲ばれます。
最初は一人一人埋めていたが、後になると大きい穴を掘って素っ裸で放り込んだそうです。
味方である(同盟国)のソ連が後ろから来たそうです。
戦争終盤になると特攻隊で日本のために突っ込んでいった若者もいます。
日本のために死んでいった人は多数います。
沖縄のオスプレイも原因は日本がやることをやらないからです。
一方的に配備されたとか、市街地を通るとか騒いでいるのも滑稽に思える。
軍備を持たないから、なめられているんですよ。
コメントありがとうございます。
サドラー軍曹は結局、この「悲しき戦場」しか売れていません。
やっぱり国策に利用されたんでしょうねぇ……。
暴力やイジメを目の当たりにして、何も心が動かなかったら、終わりですよ。泣いたり、笑ったりするから、この世は成り立っていると思います。
コメントありがとうございます。
どんな事が起こっても不思議ではないのが、戦争ですよね……。また、そこへ至る過程、その怖さを知るのも、必要だと思います。
それと真剣に国政の場で議論していただきたいのが、軍備増強に伴う膨大な予算の問題ですよ。
無駄遣いの抑制から、どこにお金が流れていくのか、それを国民に開示する必要は絶対です。