戦後の1時期、でたらめなことを書き並べてギャアギャア喚く雑誌や本がありました。カストリ雑誌・カストリ本と呼ばれていました。
今年の12月が南京事件の70年にあたるということで、カストリ雑誌・カストリ本がいっぱい出版されています。中には笠原十九司のまじめな本『南京事件論争史』(平凡社新書)や雑誌「世界」別冊もありますが・・・。
そのカストリ雑誌の一部を使って、南京事件の否定派のひとりが悲鳴を上げています。曰く、“事件はなかった”と。とんでもないことです。
事件の実態は、国際的にも日本政府も含め多くの当事者が認めており、歴史的にも学問的にもすでに決着がついている問題です。
東京裁判や南京軍事法廷だけではありません。1951年の「サンフランシスコ講和条約」でも“日本国は、極東軍事裁判所ならびに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受託し・・・”と明記しています。
今日、日本の外務省はホームページで「日本政府としては、日本軍の南京入場(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないと考えています」と明確に認めています。
これは事件のほんの一部を述べているだけに過ぎないのですが、いったいこれらをどう否定するつもりなのでしょう。例によっていつものデタラメを述べているに過ぎません。
「サンフランシスコ講和条約」を受け入れたからこそ、戦後の日本は再び国際社会の仲間入りに戻ることが認められているのです。これを否定することはもういちど戦前の日本に戻せということになってしまい、戦後積み上げられてきた国際信用をゼロにしてしまいます。こんな馬鹿げたことを許すことは出来ません。
まあ、一部の狂信者のたわごとに過ぎないでしょう。相手にするのも愚かなことです。
今年の12月が南京事件の70年にあたるということで、カストリ雑誌・カストリ本がいっぱい出版されています。中には笠原十九司のまじめな本『南京事件論争史』(平凡社新書)や雑誌「世界」別冊もありますが・・・。
そのカストリ雑誌の一部を使って、南京事件の否定派のひとりが悲鳴を上げています。曰く、“事件はなかった”と。とんでもないことです。
事件の実態は、国際的にも日本政府も含め多くの当事者が認めており、歴史的にも学問的にもすでに決着がついている問題です。
東京裁判や南京軍事法廷だけではありません。1951年の「サンフランシスコ講和条約」でも“日本国は、極東軍事裁判所ならびに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受託し・・・”と明記しています。
今日、日本の外務省はホームページで「日本政府としては、日本軍の南京入場(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないと考えています」と明確に認めています。
これは事件のほんの一部を述べているだけに過ぎないのですが、いったいこれらをどう否定するつもりなのでしょう。例によっていつものデタラメを述べているに過ぎません。
「サンフランシスコ講和条約」を受け入れたからこそ、戦後の日本は再び国際社会の仲間入りに戻ることが認められているのです。これを否定することはもういちど戦前の日本に戻せということになってしまい、戦後積み上げられてきた国際信用をゼロにしてしまいます。こんな馬鹿げたことを許すことは出来ません。
まあ、一部の狂信者のたわごとに過ぎないでしょう。相手にするのも愚かなことです。