昔から「縁は異なもの」といわれるが、私は「本日は晴天なり」
という言葉と意外な縁がある。
私が仕事とした音の世界と最初に関わった言葉で、
いまでもこの言葉とは切っても切れない「縁」がある。
昭和十六年十二月八日太平洋戦争が始まった。
非常時で学校は十二月末繰り上げ卒業。
内定していた日本放送協会技術部に就職した。
新人社員最初の仕事が、スタジオの中で放送用マイクロホンの前に
直立不動で立って、お天気に関係なくマイクテストのため
「本日は晴天なり」と声を出すことであった。
当時の無線局は、マイクから放送系統のテストまで
すべてこの言葉で行なわれていた。
大正十四年に中央気象台が、天気予報の試験放送をした時に使われ始めた。
元はアメリカのマイクテストに使われたIt is a fine day To dayの
直訳だったらしい。
この言葉に含まれる母音や子音の明瞭度を知るためのテスト用語であったが、
日本語の「本日は晴天なり」は明瞭度の判定には意味のない言葉であった。
私たち新人社員はスタジオの中で、当時使われていた
真っ黒のベロシティマイクに向かって「本日は晴天なり」を
調整室の中からOKが出るまで、何回も唱えるのが仕事であった。
最初は声がふるえるやら、「声が小さい」「発音が悪い」
「マイクとの距離が悪い」と怒鳴られる毎日であった。
スタジオのマイクテストが出来るようになると、
今度は観客の入ったホールで舞台に登場して、
何本ものマイクに「本日は晴天なり」を何回も唱える。
時々は観客の拍手を浴びることもあり、馴れるまでには時間がかかった。
新人が入ると今度は「本日は晴天なり」を調整室の中から、
新人達に唱えさせる立場となる。
いまでもマイクに向かうと無意識に「本日は晴天なり」が出てくる。
おそらく私とは死ぬまで「縁」が切れない言葉であろう。
(中野さんの随想を随時、掲載します。 落石)