★前回に引き続き「田中宇氏の国際ニュース解説」から最新解説をお伝えします。http://tanakanews.com (ネット虫)
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10月3日、アメリカ政府による7千億ドルの金融救済案が米議会で可決され、実施が決まった。前代未聞の巨額な公金を投入して金融機関を救済する今回の政策は、投資の自己責任原則を無視しているとして一度は議会で否決され、米世論には反対の声も大きいが、これをやらなければ世界の金融システム自体が破綻するとの危機感でブッシュ政権は議会を説得し、議会が望む追加条項をつけて再提出し、ようやく可決した。だが、可決して早々、この金融救済策には大事な要素が抜け落ちているので効果が薄いとの指摘が出てきた。(関連記事)
米金融界が抱える問題は、米住宅市況の下落によって、金融機関の大きな資産である不動産担保債券(債権)の価値が下がり、実体的な債券価格算出が難しいため、各社が持つ債券の価値の下落幅も確定しにくく、金融機関相互が疑心暗鬼となり、不動産関連以外の債権(各種融資債権、デリバティブ)にも下落が感染し、相互の貸付や一般企業への融資も貸し渋って「経済の血液」である金融の流れが止まっていることだ。今回の金融救済策は、米財務省が、金融機関が持つ下落した債券を米国債との交換などによって買い取り、金融機関の資産状況を改善して金融界の相互の疑心暗鬼を解き、金融の機能を蘇生しようというものだ。(関連記事)
しかし困ったことに、米不動産市況は下落を続けており、来年末まで底を打ちそうもない。不動産市況が下落し続ける限り、不動産債券やその他の債権の価値も連動して下がり続ける。債券化された金融資産(レバレッジ金融)の総額は10兆ドルある。7千億ドルの公金では、米金融界が持つすべての債券を買うことはできず、米財務省は、金融界の自信再獲得に効果がありそうな部分を狙って買い上げ、弾みをつけて債券取引を蘇生する戦略だが、せっかく買い上げが効果を挙げても、翌月にはまた不動産市況が悪化し、一時的に改善した信用が、再び崩れてしまう。
今回の金融救済策の前に、サブプライム住宅ローン破綻に対する防止策など、不動産相場の下落を抑止する政策が打たれなければ効果がない。有効な不動産の下落抑止策はほとんど採られていないので、金融救済策だけやっても問題は解決せず、税金の無駄遣いとなる。7千億ドルの救済策が発効したとたん、金融界からは「これでは足りない」という政治圧力がかかり始めた。効果が挙がる救済策には、全部で2兆ドル必要だ、いや5兆ドルだ、といった巨額の議論が出ている。債券金融の総額が10兆ドルなのだから、その不良化部分を公金で買い上げるのに、最も非効率なやり方だと総額5兆ドルかかっても不思議ではない。(関連記事その1、その2、その3)
投資家の気持ちが昨夏以前のイケイケ状態をある程度回復し、債券に対する投資が活発化すれば成功だが、そもそもこの目標は、すでに実現不能な過去の状態だ。この20年間、新しいゲームソフトを作るように各種の債券を発明し、新市場を作って業容を急拡大してきた5大投資銀行のうち3行は潰れ、残る2行(ゴールドマンサックスなど)は投資銀行を廃業し、自分たちが昨年まで馬鹿にしていた一般の商業銀行に転身することを決め、連銀に伝えている。投資銀行の全廃は、債券を使ったレバレッジ金融の業界が大幅縮小することを意味する。
米金融界は伝統的な10兆ドル(預金金融。表の金融システム)と、レバレッジ型の10兆ドル(債券金融。影の金融システム)で構成されている。昨夏以来の危機でレバレッジ型が全崩壊して「終わり」が宣言された。金融界は、全力でレバレッジの解消(返済、償還、清算、投資の回収)を進めている。投資銀行の廃業は、その一環である。巨額で強烈な金融収縮が起きているのだから、少なくとも今後何年かは、投資が右肩上がりに戻るとは考えにくいし、貸し渋りが起きて当然だ。担保不動産を投げ売りして投資を清算する金融機関が多く、米英などの不動産市況の悪化に拍車をかけている。(関連記事)
1997年からのアジア金融危機の時もそうだったが、国際金融の世界では、いったん大儲けの新手法が崩壊して「終わり」が宣言されると、その後同じ手法が大々的に復活することはない。金融危機が去っても、レバレッジ型金融の規模は大幅に縮小すると予測される。米では投資銀行だけでなく、大手商業銀行も97年の規制緩和(グラス・スティーガル法改定)以来、レバレッジ金融を急拡大させており、シティグループだけで帳簿外のレバレッジが1兆ドルある。そのうち最優良のもの以外は今後、清算されねばならない。清算過程が続く限り、銀行は塩漬け的な消極姿勢をとり続ける。(関連記事)
米国での不動産融資契約の多くは「ノンリコース型」で、債務者からの返済が滞った場合、債権者は担保の住宅を差し押さえられるだけで、債務者の他の資産を押収できない。住宅市況が悪化し、住宅の価値が借金総額より少なくなったら、ローン債務者は返済を止めて、住宅を差し押さえしてもらった方が損失が少なくなる。そのため、投資目的でローンを組んだ米国民の中には、金に余裕があるのにローン返済を止める人も多い。債権者の金融機関の損失がふくらみ、押収、競売される住宅が増えて住宅市況の悪化も進む。(関連記事)
これらの要件が重なり、米住宅市況はしばらく回復の見込みがない。担保価値の底が抜けている状態の中で、米政府が債権を買い取って銀行を救済しようとするのは、底なしの井戸に石を投げ込んで埋めようとするようなもので、とても非効率だ。
▼金融市場は凍結、株は暴落
米政府の救済策が持つ非効率さを、市場は察知している。救済策が成立した後、株式市場は毎日のように世界的な急落となっている。銀行間の相互不信は全く解消されず、金融システムの中心的な機能だった銀行間融資市場は、世界的にほとんど取引がない凍結状態となっている。銀行間融資市場はもう復活しないとの悲観論さえ出てきた。金融機関が資金調達する唯一の方法は、各国の中央銀行からの融資のみとなっている。
銀行間融資市場の崩壊を受けて、米国以外の国々の金融機関も資金調達ができず、危機に陥った。ドイツ大手のハイポ不動産銀行は、アイルランドにある傘下の不動産専業銀行(Depfa Bank)が資金調達不能になって本体も破綻しかけた。9月末、独政府が国内大手銀行を集めてハイポ救済の融資体制を組もうとしたが、他の銀行は疑心暗鬼でハイポに貸したがらず、救済案は失敗した。この失敗を見た独国民はパニックになり、預金大量流出の取り付け騒ぎが起こりかけた。独政府は「国民の預金は全額補償する」と発表し、政府による新たなハイポ救済策を作り直し、金融破綻の感染拡大を何とか防いだ。(関連記事)
イタリアやイギリス、ベルギー、アイスランドなどでも、大手銀行が資金調達に行き詰まり、取り付け騒ぎが拡大したため、政府が緊急支援に乗り出した。アイスランドの大手銀行は、英など他のEU諸国で事業を積極拡大した結果、アイスランド自身のGDPの数倍の資産を持った状態で潰れかけており、アイスランド政府が救済できるかどうかも疑われている。(関連記事)
人口30万人のアイスランドでは、インフレと為替下落、預金取り付け騒ぎなどが起き、大変な状態だ。アイスランド政府は他の欧米諸国政府に緊急融資を求めたが断られ、破綻寸前だ。そこに登場したのがロシア政府で、ロシアがアイスランドに40億ユーロを融資する話が俎上にのぼっている。アイスランドは米英の間、北極圏に近い北大西洋上という戦略的要衝にある島国で、2006年まで米軍(NATO)の空軍基地があり、冷戦時代には米軍が北極圏方面のソ連の動きを監視していた。ロシアは、今回の融資の見返りに、06年に米軍が撤退してから空いている空軍基地にロシア軍を駐留させてくれと要求していると推測される。これが実現すると、米英は自分たちの間にある要衝の島を軍事的にロシアに取られてしまう。(関連記事)
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10月3日、アメリカ政府による7千億ドルの金融救済案が米議会で可決され、実施が決まった。前代未聞の巨額な公金を投入して金融機関を救済する今回の政策は、投資の自己責任原則を無視しているとして一度は議会で否決され、米世論には反対の声も大きいが、これをやらなければ世界の金融システム自体が破綻するとの危機感でブッシュ政権は議会を説得し、議会が望む追加条項をつけて再提出し、ようやく可決した。だが、可決して早々、この金融救済策には大事な要素が抜け落ちているので効果が薄いとの指摘が出てきた。(関連記事)
米金融界が抱える問題は、米住宅市況の下落によって、金融機関の大きな資産である不動産担保債券(債権)の価値が下がり、実体的な債券価格算出が難しいため、各社が持つ債券の価値の下落幅も確定しにくく、金融機関相互が疑心暗鬼となり、不動産関連以外の債権(各種融資債権、デリバティブ)にも下落が感染し、相互の貸付や一般企業への融資も貸し渋って「経済の血液」である金融の流れが止まっていることだ。今回の金融救済策は、米財務省が、金融機関が持つ下落した債券を米国債との交換などによって買い取り、金融機関の資産状況を改善して金融界の相互の疑心暗鬼を解き、金融の機能を蘇生しようというものだ。(関連記事)
しかし困ったことに、米不動産市況は下落を続けており、来年末まで底を打ちそうもない。不動産市況が下落し続ける限り、不動産債券やその他の債権の価値も連動して下がり続ける。債券化された金融資産(レバレッジ金融)の総額は10兆ドルある。7千億ドルの公金では、米金融界が持つすべての債券を買うことはできず、米財務省は、金融界の自信再獲得に効果がありそうな部分を狙って買い上げ、弾みをつけて債券取引を蘇生する戦略だが、せっかく買い上げが効果を挙げても、翌月にはまた不動産市況が悪化し、一時的に改善した信用が、再び崩れてしまう。
今回の金融救済策の前に、サブプライム住宅ローン破綻に対する防止策など、不動産相場の下落を抑止する政策が打たれなければ効果がない。有効な不動産の下落抑止策はほとんど採られていないので、金融救済策だけやっても問題は解決せず、税金の無駄遣いとなる。7千億ドルの救済策が発効したとたん、金融界からは「これでは足りない」という政治圧力がかかり始めた。効果が挙がる救済策には、全部で2兆ドル必要だ、いや5兆ドルだ、といった巨額の議論が出ている。債券金融の総額が10兆ドルなのだから、その不良化部分を公金で買い上げるのに、最も非効率なやり方だと総額5兆ドルかかっても不思議ではない。(関連記事その1、その2、その3)
投資家の気持ちが昨夏以前のイケイケ状態をある程度回復し、債券に対する投資が活発化すれば成功だが、そもそもこの目標は、すでに実現不能な過去の状態だ。この20年間、新しいゲームソフトを作るように各種の債券を発明し、新市場を作って業容を急拡大してきた5大投資銀行のうち3行は潰れ、残る2行(ゴールドマンサックスなど)は投資銀行を廃業し、自分たちが昨年まで馬鹿にしていた一般の商業銀行に転身することを決め、連銀に伝えている。投資銀行の全廃は、債券を使ったレバレッジ金融の業界が大幅縮小することを意味する。
米金融界は伝統的な10兆ドル(預金金融。表の金融システム)と、レバレッジ型の10兆ドル(債券金融。影の金融システム)で構成されている。昨夏以来の危機でレバレッジ型が全崩壊して「終わり」が宣言された。金融界は、全力でレバレッジの解消(返済、償還、清算、投資の回収)を進めている。投資銀行の廃業は、その一環である。巨額で強烈な金融収縮が起きているのだから、少なくとも今後何年かは、投資が右肩上がりに戻るとは考えにくいし、貸し渋りが起きて当然だ。担保不動産を投げ売りして投資を清算する金融機関が多く、米英などの不動産市況の悪化に拍車をかけている。(関連記事)
1997年からのアジア金融危機の時もそうだったが、国際金融の世界では、いったん大儲けの新手法が崩壊して「終わり」が宣言されると、その後同じ手法が大々的に復活することはない。金融危機が去っても、レバレッジ型金融の規模は大幅に縮小すると予測される。米では投資銀行だけでなく、大手商業銀行も97年の規制緩和(グラス・スティーガル法改定)以来、レバレッジ金融を急拡大させており、シティグループだけで帳簿外のレバレッジが1兆ドルある。そのうち最優良のもの以外は今後、清算されねばならない。清算過程が続く限り、銀行は塩漬け的な消極姿勢をとり続ける。(関連記事)
米国での不動産融資契約の多くは「ノンリコース型」で、債務者からの返済が滞った場合、債権者は担保の住宅を差し押さえられるだけで、債務者の他の資産を押収できない。住宅市況が悪化し、住宅の価値が借金総額より少なくなったら、ローン債務者は返済を止めて、住宅を差し押さえしてもらった方が損失が少なくなる。そのため、投資目的でローンを組んだ米国民の中には、金に余裕があるのにローン返済を止める人も多い。債権者の金融機関の損失がふくらみ、押収、競売される住宅が増えて住宅市況の悪化も進む。(関連記事)
これらの要件が重なり、米住宅市況はしばらく回復の見込みがない。担保価値の底が抜けている状態の中で、米政府が債権を買い取って銀行を救済しようとするのは、底なしの井戸に石を投げ込んで埋めようとするようなもので、とても非効率だ。
▼金融市場は凍結、株は暴落
米政府の救済策が持つ非効率さを、市場は察知している。救済策が成立した後、株式市場は毎日のように世界的な急落となっている。銀行間の相互不信は全く解消されず、金融システムの中心的な機能だった銀行間融資市場は、世界的にほとんど取引がない凍結状態となっている。銀行間融資市場はもう復活しないとの悲観論さえ出てきた。金融機関が資金調達する唯一の方法は、各国の中央銀行からの融資のみとなっている。
銀行間融資市場の崩壊を受けて、米国以外の国々の金融機関も資金調達ができず、危機に陥った。ドイツ大手のハイポ不動産銀行は、アイルランドにある傘下の不動産専業銀行(Depfa Bank)が資金調達不能になって本体も破綻しかけた。9月末、独政府が国内大手銀行を集めてハイポ救済の融資体制を組もうとしたが、他の銀行は疑心暗鬼でハイポに貸したがらず、救済案は失敗した。この失敗を見た独国民はパニックになり、預金大量流出の取り付け騒ぎが起こりかけた。独政府は「国民の預金は全額補償する」と発表し、政府による新たなハイポ救済策を作り直し、金融破綻の感染拡大を何とか防いだ。(関連記事)
イタリアやイギリス、ベルギー、アイスランドなどでも、大手銀行が資金調達に行き詰まり、取り付け騒ぎが拡大したため、政府が緊急支援に乗り出した。アイスランドの大手銀行は、英など他のEU諸国で事業を積極拡大した結果、アイスランド自身のGDPの数倍の資産を持った状態で潰れかけており、アイスランド政府が救済できるかどうかも疑われている。(関連記事)
人口30万人のアイスランドでは、インフレと為替下落、預金取り付け騒ぎなどが起き、大変な状態だ。アイスランド政府は他の欧米諸国政府に緊急融資を求めたが断られ、破綻寸前だ。そこに登場したのがロシア政府で、ロシアがアイスランドに40億ユーロを融資する話が俎上にのぼっている。アイスランドは米英の間、北極圏に近い北大西洋上という戦略的要衝にある島国で、2006年まで米軍(NATO)の空軍基地があり、冷戦時代には米軍が北極圏方面のソ連の動きを監視していた。ロシアは、今回の融資の見返りに、06年に米軍が撤退してから空いている空軍基地にロシア軍を駐留させてくれと要求していると推測される。これが実現すると、米英は自分たちの間にある要衝の島を軍事的にロシアに取られてしまう。(関連記事)
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