坂井豊貴「多数決を疑う」岩波新書(2015/04).
この表はオストロゴルスキーのパラドックスといわれるもの.5人の有権者がひとりの政党政治家を選出すると仮定する.政党は XとYで,財政・外交・環境の三つの争点がある.有権者1は,財政はX,外交もX,環境はYの政策を支持していて,Xに投票する.以下の有権者2-5も同様に表に従う.選挙ではXが勝つ.
ところが争点ごとに直接政策に投票したと仮定すると,財政・外交・環境のいずれでもYが勝つ.
多数決を疑う例として,このような表が次々と出てくる.
社会的選択理論の紹介.批判しているのは現行日本の多数決て,多数決そのもではない.最初の2章は数学の本みたいだが,全5章のうちの第3章で「陪審定理」からルソーの「社会契約論」が紹介されるあたりで,社会科の本という感じになる.
第4章の最後の節は「最適な改憲ハードルの計算」である.憲法は最上位の法であるからその争点は多次元にわたる.原案X,改正案Yだけでなく,潜在的に存在する第3の案Zも考慮しなければならない(この論理は納得はできるけれど,分かり難い).仮に3案を二組ずつ投票にかけたとき,X>Y,Y>Z,Z>Xというサイクルが生じないための最低得票率は数学的に63.2%と計算されており,これを「64%多数決ルール」というのだそうだ.衆参両院の2/3以上ではなく,国民投票の2/3をボーダーラインとすべきだろう.
第5章「民主的ルートの強化」は前向きだが,そこで悪例として語られる小平市都道328号線問題はおぞましい.
あとがきで著者は「多数決で決めたから民主的」「選挙で勝ったから民意」といった粗雑な発言に逐一反論することは「意図的に避けた」と書いている.そのときどきの発言を扱うと時間の経過に伴う文章の風化が加速しやすいこと,次にそのような発言は今の時代にのみ起こるものではなかろうから,ここで固定する必要はないことの,ふたつが理由に挙げられている.