三好春樹『関係障害論』より‐「「専門家に相談」は正しいか」
「特別養護老人ホームの生活指導員を4年半ほどやっておりました。私のいた施設は、キリスト教系の非情に真面目な人を中心とした、今でもいいケアをやっているということで知られている施設なのです。それでも当時オムツを付けている人が半分くらいはいたと思います。だいたい病院からやってくる方は、みんなオムツです。病院で、専門家がいっぱいいるところでオムツを付けてきたわけですから、それ以上こちらで良くなるなんていうことは考えませんでした。ところが、どうも病院でオムツ付けられているのではないか、という気がしてならなくなってきました。
こういうケースがありました。80代でしたが、ADLは全部自立しているKさんというおばあさんでした。広島大学からきている若いドクターが、いろいろと検査をやり、「この人は元気そうにみえるけど、ちゃんと精密検査を受けてもらったほうがいいよ」という指摘があったので、私が病院に連れていくことになりました。杖などは持っていますが、自立している人ですから、私の車の助手席に乗せて行くことにしました。近くの総合病院に電話したらベッドが空いていたので、段ボール箱2つくらいに、着替えとか洗面用具をもって、すぐ入院しました。
4人部屋の一角でした。ベッドの高さが高いのです。でも検査入院で1週間だし、しかも元気な人なので、私は何も言わずに帰ったのです。ところが、その日の夜、彼女はオムツになってしまいました。昼間は病院に来ているということがわかっていたのですが、夜、目を覚ましてトイレに行こうと思って、いつもと同じつもりで足をベッドから降ろしたら、床に届かずにズルズルとすべって尻もちをついたのです。そこで看護婦さんがやってきて、骨折でもしたら大変だということで、オムツをして、トイレにいってはダメよということで、落ちないようにベッドの柵をガチャンガチャンと付けてしまったのです。
1週間後、まだ出ていない結果もあるけれど、出ている分には異常はないので、迎えに来てくださいということでした。ですが、もう自分の車では行けません。24時間テレビでもらった車イスのまま乗れる大きなマークのついた車で連れて帰ることにしました。
(略)
そういうことで、その車のリフトを使って車イスで連れて帰るということになりました。高齢という以外は、どこも障害はありません。にもかかわらず、1週間オムツを付けていますと、まず濡れているかどうかわかりません。帰ってきてすぐ寮母さんが、「いま、オムツ濡れている?」と聞いても、「わからない」というのです。もちろん尿意もありません。
おかしな話です。でも、考えてみると、オムツでやってきた人はみんなそうです。誤解を恐れずに言うと、脳卒中なんていう障害があっても、脳卒中による片マヒは手足の感覚マヒであって、膀胱感覚がなくなるということは普通ではあり得ないことなんです。
下半身マヒなら別です。下半身マヒにもいろいろあって、オムツがなくてもやっていける人はいっぱいいるのに、脳卒中だとか、骨折後遺症なんて、神経系統と何も関係ない疾患の人が、みんなオムツを付けてやってくるわけです。しかも、今みたいに尿意がないだけではなくて、皮膚感覚もないんです。お尻は鈍感で、会陰(えいん)部はすごく敏感なのですが、それが濡れているかどうかもわからなくなっているというケースは、いっぱいあります。
あれは、どうしてでしょう。」
(三好春樹『関係障害論』1997年4月7日初版第1刷発行、2001年5月1日初版第6刷発行、㈱雲母書房、35-37頁より)