アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

風と余白を楽しむ家

2009年09月20日 | 生活
昨日はAniaさんちに遊びに行った。新しいおうちを見るのと、コントラバスとピアノで合わせてみるのが目的。

Aniaさんちは、「こんなところを上がっていくのか??」という狭い坂を登っていったところにある。玄関から入ると、土間がそのまま家の向こうの端までつながっていて、その土間に直接、二階と地下に向かう階段がある。

土間からよっこらしょと上がったところがLDK部分。さらに脇に一段上がったところに畳の間があり、「ごろり」とするのにちょうどよさそう。それにしてもバリアフリーどころか、バリアだらけの家だ。ダイニングテーブルの場所は吹き抜けになっていて、家中の雰囲気がわかる。高い窓からの明るさ、立体感がおもしろい。

さっそく「おうち探検」地下から二階まで見せてもらう。二階の空間はすべてLDK部分の気配が感じられる、一体感のある場所。区切ってはあっても孤立してはいなくて、あちこちに居心地のよいすみっこがある感じ。

吹き抜け部分を通して大きな窓に向かい合う、作りつけのデスクは特等席。

地下は、そこと切り離した雰囲気で、コンクリートの壁。ドラムが置いてある「音楽部屋(?)」や、AniaさんのパートナーのGさんの個室がある。夏は地下室が涼しいので、みんな涼みにくるそうだ。

ピアノは地下に運び込むことができなかったので、二階にある。コントラバスはやっぱり大きい~。早速ちょっと触らせてもらう。代わりに、持参したバイオリンを提供して触ってもらう。

コントラバスの弓は、ぶっとくてちょっとどう持ったらいいんだかという感じ。「鉛筆」っぽく持つものだそうだ。思い切ってえいと力強く引いてみると、ぶっとい音が。とてもあたたかい感じ。弦を押さえてみると、一音一音が遠い。

Aniaさんは逆に、バイオリンで音を出してみてその感触の違いに戸惑っている。特に、あの細い弦が指に食い込む感じで、「とても無理」と言っていた。

それから、ピアノとコントラバスで合わせ。私の練習のほうは、急ごしらえで音符を並べてみただけでちっとも間に合っておらず、つまりコントラバスが弾く旋律を意識しながら自分の音を弾くような余裕がないので、なかなか難しかった。何度かやって、ようやくアンサンブルっぽくなってきた。まぁ本番は12月なので…練習しましょう(^^;;

Aniaさんちのピアノはほとんど(まったく?)使われていないので、調律は引越しのあとちゃんとしてあるものの、なんか鳴りが悪いというか、こなれていない感じ。もっと弾いてあげましょう、と調律のたびにいわれているそうだ。娘さんはもう弾くつもりがないそうなので、ここはAniaさんがピアノを習うしかない、という話になっていた。

それから、Aniaさんと娘さんと、Gさんと四人で食卓を囲む。家の中心にあるこの食卓からは、家全体を見渡すことができて、珪藻土の壁と木の素材感がたいへん気持ちよい。家が新しいということだけでなくて、とてもすっきりした感じが…そう、珪藻土の壁に穴をあけたくないため、少なくとも今のところ、壁には時計もカレンダーもかかっていなくて、とにかくすべて余白なのだ。

ワインとチーズとバケット、ラタトゥイユとメインはビーフシチュー。ワインはおいしいし、風は気持ちいいし、Gさんも初対面とは思えないほど、のっけから馴染んで話が弾むしで、とても幸せな時間だった。

なにしろ、「昼ごはん」を一渡り食べ終わったらすでに4:30。どんだけ長い「昼」だよ、って感じである。それから、紅茶に切り替えて「ちょっと」デザート食べたらもう6:00。

あまりに居心地よくてあっという間。また行きたい(^-^)
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親子二代、耳管の不思議

2009年09月19日 | 生活
昨日は、会社を休んで耳鼻科へ。いつもより少し遅い時間に出て、ロボコンゼミに向かうまたろうといっしょに駅まで。

母「今日は耳鼻科にいくんだよ」
ま「なんで(いつもの耳鼻科じゃなくて)そんな電車に乗って遠くに」
母「四年前くらいに耳管開放症やったとき、近くの耳鼻科じゃぜんぜんダメでね。それで詳しそうなお医者さんわざわざ探していったの。今度も、そのときの漢方薬もらってこようと思って」

それで、耳管開放症ってどんな、って話になり、自分の声が響いて聞こえるとかの説明をしたら、「ああ、それわかるよ」とまたろう。

「周りががやがやうるさいときにさ。耳管を『うっ』て開けておいて、小さな声で歌うたったりするの。そうすると、自分の声がこもって響いて、周りの声とかはあんまし聞こえないから便利なんだ。でもあれがずっとじゃうっとおしいよねぇ」

ええっ(o_o)そんなことをやっていたのか。

ってか、耳管を開けるって。そういえばよしぞうが、自分は意識的に開けられるっていってたな。まさかまたろうに伝授したとか!?

「耳をぴくぴく動かすのをしようと思って、耳のあたり『うっ』て力入れてみたときに気づいたんだよ」

なんだそうか。って、どういうシチュエーションで「耳管開いて歌うたって」たんだか(迷惑そう…)。

* * *

耳鼻科では、耳と鼻に管を当てて唾をごっくんと飲み込んで響きを調べる(?)などの検査をやり、開放症だけど前回ほどひどくはないから、漢方で直るでしょうといわれて薬(カミキヒトウ)をもらってきました。あと、整体でも鍼でもよさそうって思うものは何でもやってみていいからねと…それって、薬できっぱり治りますって態度とは違うような気もするが(^^;;

聴力検査も型どおりやったけど、ほぼ正常…主観的にひどいほうの耳の、低音域がやや悪いけど誤差くらいだそうで。主観的にも、静か~なところで「ピーピーピー」が聞こえるかどうかということであればふだんとそんなに違わないと思う。

問題なのは、周囲がやがやしているところで会話を聞き取りにくいとか、そういう、分解能や、音程のずれ、音の割れなど。

先生がいうには、「音の高さのずれって、耳管開放症以外の人はあんまりいわないんだよね」だそうで、それと、横になったときは少し具合がいいというのが特徴だとか。

とにかく、ピアノがばっちり楽しめないのは、ほんとにつまらないので、早く治したい。バイオリンは不思議と音の聞こえに違和感がなく、むしろ何もしていないときより耳のことを忘れていられるくらい。体にダイレクトに振動が伝わるから聞こえ方がほかの音と違うのかもしれない。
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バイオリンレッスン(2):左しっかり右ふんわり

2009年09月18日 | バイオリン
前回は、先生がさっと私のバイオリンを手にとって、調弦を済ませてくださったのだが。

「調弦、ご自分で出来たほうが便利ですよね(^^)」ということで調弦方法から入った。もちろん、家では適当に合わせてるんだけどね(思ったようにまわらないペグと格闘)。

まず、ピアノでA線合わせ。私がペグに手をかけると、「ねじでやっちゃうほうが簡単ですよ」と先生。実は、私のバイオリンにはE線だけでなく全部にアジャスターがついているんだけど、これまで、ちょっと回してもあんまり変わらないし、どのくらい回しても大丈夫なのかよくわからない、ということであまり使っていなかった。

先生は、「もっとどんどん回しちゃっていいから」ということで、ぐいぐい回して、アジャスターだけで調弦終了。音を出しながらねじを回しながら、という動作が安定しないで音がふらつき、わけわかんなくなりそう。(実は家では、ちょっと回して音を出し、ちょっと回して音を出し…の繰り返しで合わせていた)

でも、これで「多めに」アジャスターを回してもいいことがわかったから、家でもばしっと調弦しますよ~(ほんとか?)

調弦が済むと、すぐ前回の懸案であった「別れ」。あれー音階とかまずやんないと音がとれないんですけど…初回は案の定がたがたで、先生に「左手のひらがネックに近づいちゃってるので、手首がすっとのびるように気をつけてみて」といわれ再チャレンジ。今度はふつーに弾けて丸をもらう(-_-)

イ長調音階を経て、「白ばらの匂う夕べは」。これは、現在最も自信をもって弾ける曲(二段しかないけど)といっても過言ではない。前回習った「音の始まり、音の終わり」を考えるために何度も弾いたからね。先生もちょっとおぉっという顔で、さっきの「別れ」と違って(笑)二重丸をもらう。

それから、「雨だれ」「子どもと子ぶた」では重音と格闘。「1の指が(もう一本の弦を触らないように)ポイントですね~」「左手をきちっと押さえようとしたときに、右手までがちっと力入れないでね~」。そうなのだ。私のバイオリンで、特に「わーうまくいかない」という瞬間はたいてい、「左しっかり右ふんわり」ができずに混乱しているとき。ピアノとはだいぶ違う感触である。これが無意識にできるようになるころは初心者脱出かな??

そして、次にやる「郵便屋さん」で、弓の配分について説明してもらう。はじめわりとセーブして進めていって、あとに余裕を残すのがコツだとか。ご利用は計画的に(←たぶん次回のメインテーマ)。

前回話題に出た、入会キャンペーンの楽譜一冊として、「弦楽ファンプレゼンツ バイオリンいつでもコンサート1 ファースト・ポジション編」をいただいた。これは、ファーストポジションで弾ける曲ばかり、ポピュラーもクラシックも入っていて、CDつきのなかなか優れものの楽譜。先生ありがとう。

私がAniaさんのコントラバスと合わせようとしている「カヴァレリア・ルスカティーナより間奏曲」も入っている。

バイオリンを片付けながら、11月15日にやるホームコンサートで、何か一曲弾きたいというと、「今差し上げた曲集でもいいけれど、教本1の最後の曲は聞き栄えがしていいかも」と暫定選曲。
「次回練習してきてくださいね(^-^)」

というわけで、「狩人の合唱」をお客様の前で弾く計画、発動。
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またろうの作り方: おしたくできるかな(小学一年生編)

2009年09月17日 | 高専生活
保育園で求められる「おしたく」はコップとタオル、程度のシンプルなものであったが、それも身につかないまま卒園することになったまたろう。

単位を落としたから「留年」とかそういうのないし(^^;;

小学校では、筆箱・下敷き・教科書・ノート・ドリル・絵の具・鍵盤ハーモニカなどなど、アイテムは飛躍的に増えるのに、しかもプリント類だって先生が連絡帳にはさんでくれるんじゃなくて、自分で持ち帰らなきゃいけないのに、そんな難易度の高い「おしたく」が突然できるわけがない。

一クラスの子どもは一気に増えて39人。先生は保育園と違って一人。素人考えでは、無理だ~と試合放棄、思考停止、敵前逃亡したくなりそうなところ、ベテランの先生はごく落ち着いてその事態に対処していた。

確かに入学当初は無秩序だったかもしれないが、あたたかく、辛抱強く、かつ、ポイントではきっちり決める声かけに反応して、クラス全体は、一ヶ月二ヶ月経つうちに、授業成立のための基本動作をマスターしていった。例えば、自分の席にきちんとついて先生の顔を見て話を聞くとか、先生から配るものがあるときは班の代表が取りにいくとか、そういうこと。

しかしその中で、相変わらず話を聞いていない約一名 (正確にいうともう少しいたようである)。例えば、「次は体育だから着替えて体育館に集まってください」といったら、着替えが早い子遅い子、みんなが着替えたのを見て慌てて行動を起こす子などいろいろいるだろうけど、誰もいなくなってもまったく疑問を持たず、焦らず、一人教室で和んでいるのがまたろう。あるいは、休み時間に校庭に遊びに出れば、チャイムが鳴っても帰ってこない。これじゃ、体ひとつしかない先生は困ってしまうのである。

そこで、「どうすれば授業の場に(まずは物理的に)参加できるか」というテーマで、スペシャル個人面談が繰り返されたことは言うまでもない。また、もう一点、先生が困っていたのは、帰りの場面である。

授業の最後のコマが終わると、みんな棚から自分のランドセルを取ってきて、持って帰るものを詰める。そして、「帰りの会」をしてさようなら、ということになるのだが、またろうはその「帰り支度」ができない。みんながいなくなってもひとり教室に残ってぼーっとしている。あるいは、にこにこと先生に話しかけてきて、相手をしている限りそのまま。

先生は、教室に自分がいると帰るきっかけがないのかなと思って、職員室に用事を作って立ち去り、しばらく間を開けてから様子を見に帰ってきてみたそうなのだが…またろうは、椅子を後ろに倒し、倒した椅子に座った形になり(要するに天井を向いている)楽しそうに歌をうたっていたんだとかorz

先生は、またろうが、言語理解も悪くなく、自分にも (いやっちゅうほど) なついていて、それでいてこんなに集団行動が取れないことについて、最後まで「またろうくんは、やればできるのに」と不思議に思っていたが、さりとて見放すということはなく、どうしても必要な場面では個別の援助もしながら、なんとかかんとか乗り切ってくれていた。

ときどきまたろうを教壇の上に呼び、みんなの方を見させて、「今みんなは何をしているかな?」という観察、意識付けをしようとしていたり、いろんな工夫をしていた。秋も深まるころには、かなりみんなの行動の流れに…のるところまではいかないにしても、学校が終わると学童へ向かうなどの最低必要な動作はなんとかなるようになった。

本当に、先生には多大なるご迷惑をおかけしました。この先生は、またろうが二年生になるとき異動になってしまい、別の小学校で勤務されていたが、はなひめが小学校に入るときに戻ってきて、感動の再会(^^) 私と先生と、どちらからともなくだーっと近寄ってハグしてしまった(戦友!?)。今でも心のこもったコメントを書いた年賀状をいただくが、この先生も、「担任じゃなくなった瞬間からかわいくてしょうがない」のまたろう法則につかまれてしまった人なのかもしれない。

=== 連絡帳(一年生)
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6/5(げつ) にのぷりんと しくだい
(注: またろう本人が書いた初めての連絡帳。「にのぷりんと」はひらがなの「に」を練習するプリントのこと)

(母) 昨日は、自分で書いた連絡帳がうれしくて、「パパとママにみせるものあるんだ!」とじまんげに持ってきました。宿題もすぐやって、「はなまるをもらううた(オリジナル)」をうたっていました。
(先生) 連絡帳、うれしいのですね。うれしい気持ちを、ご両親に受け止めてもらえて良かったですね。

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6/30
(注: 前日、またろうが学校で「水着忘れた」といってプールは見学になったのだが、実は前回に雨で入れなかったときのプールバッグが学校に置いてあったという話)
(先生) ご連絡ありがとうございます。「水着忘れてきました」ということで見学になってしまいましたが、あったとのこと、驚きました。「ほんとうにないか、よく考えてね」と改めて話をしました。
ご質問の件ですが、使わなかった水着は学校に置いておきます。水着、絵の具、ピアニカは、教室の隣のプレイルームに置くことにしています。生活力をつけていくこともこれからの課題ですね。よろしくお願いします。
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またろうの作り方: おしたくできるかな(幼児期編)

2009年09月16日 | 高専生活
またろうがいかにしてまたろうになったかということを語るとき、「おしたく」の問題は避けて通れない。

保育園ゼロ歳児クラスのときはばっちり優等生(よく笑い・飲み・寝る)だったまたろうが、個人面談で「またろうくんは集団生活についていけてません」と言われたのは二歳児クラスのとき。

保育園では、そのくらいから子どもが自分で何かしらの「おしたく」をするように仕向けていく。例えば、帽子をかぶってクツをはいて、おさんぽにいくよ!! とか、パジャマに着替えたら紙芝居を見に集まってとか。なんらか、集団に対して声かけをしても、もちろん反応が早い子も遅い子もいるし、話なんか聞いちゃいなくて、みんながいなくなっちゃってから慌ててしたくをして追いかけるような子もいる。しかしその「ばらつき」の中にまたろうはおさまっていなかった。

話は聞いてない。みんなから遅れをとってもまったく気にかけることなく、マイペースで自分の遊びを続けている。

もちろん、着替えの動作そのものができないとか、言葉そのものの理解が難しいとかいうことであればそれはそれで特別な支援の対象となるだろうし、あるいは気持ちのほうの問題で、先生に非常に反抗的で従う気がないとか、そういうことであれば別の解決が必要になるだろう。でもそうではなくて…

先生にはとても懐っこくって、一対一で話をすればよくわかり、たまにすばやく着替えをすることもあるし、何がいけないのかわからない。

この問題は、二歳児的なあり方から、中学生になって提出物が出せないということまで綿々とつながっていくのだが、歴代担任が頭を悩ませ、いろんな工夫を積み重ねてきた。

四歳児のときの担任の先生は、「朝のしたく(コップとタオルをかけ、連絡帳を出す)がすんだら、いっしょに連絡帳をみようね」といって誘うというテクで、数日スムーズな「おしたく」を引き出した(だいたい、何かうまくいくテクが発見されても、数日しか効かないところがまた困るのだが)。

そして、帰りの支度もその調子でいかないだろうかということで、「長い針が10(3:50)までにお支度できたら、せんせいといっしょに今日の出来事を連絡帳にかこうねと話しました」とあり、したくができたらまたろうコメントが連絡帳に残るから、親からもほめてあげてほしい、とある。

初日のコメントは「きょうは、Aちゃんと、Bちゃんと、またろうで、ポケモンごっこをしたのがたのしかった。Aちゃん→ピカチュウ、Bちゃん→ピカチュウ、またろう→ピカチュウ」…全員ピカチュウ(^^;;

翌日のコメントは「Cくんといっしょに、お山を作ってあそんだのがたのしかった。水を流そうとしたけど、お片づけになって間に合わなかったので、明日つづきをやるよ」。

数日空白…「外があたたかかったので、マラソンができてよかった」
また数日空白…「おとうばんができてよかった。おきゅうしょくをくばったり、いただきますをしました。ごちそうさまもしました」
また数日空白…「ゆきがふってよかったなぁ。あしたはゆきあそびをしよう」

そして、二週間くらいで途絶え、以降、またろうコメントはなし。このテクが効かなくなったのか、先生が忙しくて対応できなくなったのかは不明。先生、ほんとうにお疲れ様です。ありがとうございました_o_

しかし、先生の涙ぐましい努力にもかかわらず、この話つづく(小学校編へ)。


--- おまけ: 連絡帳から
ま「ねぇ、おうちの中では息みえないの?」
母「みえないよぉ、だってそんなにさむくならないじゃない」
ま「どうして」
母「さむい日もあったかくしちゃうでしょ(暖房を指差す)」
ま「うーん」←不満そう
父「さむい日に、まどあけてハーッてすればみえるよ」
ま「ヤッタァ~!!(*^-^*)」

--- おまけ: 連絡帳から
今朝はまたろう「こわいゆめみちゃったー」と泣きべそ。いつも「こわいゆめみないぼうし(カバーオールのフード部分)」をかぶって寝ていますが、今日はそれでもみちゃったらしい。「またろうがこわいゆめみてたらちゃんと起こしてよぉ」といって下くちびるを突き出しています。「べちょべちょのかいじゅうで、かたくしようとしてもまにあわないの」そのうちちゃんと「これはゆめだな」とわかるようになるよ、とか、ゆめの中のパパやママに助けてもらったら、と話をしましたが「できないよ~」「ゆめきらい」とべそべそ。
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